時間というもの
過去生はパラレル(http://diviner.cocolog-nifty.com/holy/2008/03/post_f25a.html)でも若干書いていますが、我々が通常感じる時間の概念というのは、我々の世界のみで通じるもので、上位次元では時間という概念が異なります。
一言で言えば、上位次元には時間という概念がないということですが・・・ この説明では分かりにくいですね。
私の場合、上位次元では我々の世界とは時間の概念が異なるということを体験的に知っているので、それについて書きます。
神社に呼ばれて行くときは、ガイドが道を教えてくれるのですが、以前のガイドは交差点をどちらに進むのかと交差点の間の距離を言ってくることが時々ありました。
基本的なパターンは、交差点の手前に来ると、「まっすぐ」「右」「左」とか言ってきます。その声に従って進むとちゃんと目的地に到達できます。
時折、「右に曲がって、すぐ左」とか「直進してしばらく走って右」という具合に、交差点と交差点の間の距離感を伝えてくることがありましたが、これがあてにならない。
というか、半数以上が間違っていて、「しばらく走る」と言っていたくせに、ろくに走りもしないでいきなり「交差点右!」とか言ってくるわけです。
交差点をどちらに進むかは非常に正確なのに、距離となると全然あてにならないって、どういうことなのか、しばらく悩みました。
そして、向こう(上位次元)には、時間の概念が違うということに気が付いたのです。
距離というのは、 距離=時間×速度 になるわけですが、我々の住んでいる時空空間では、時間は有限かつプラス成分であるということになるので、速度が確定すれば距離も算出できるのですが、上位次元において、もし時間が「ゼロ」とか「無限大」だったとしたら、正確な距離は測ることができなくなります。
なので、上位次元から見ると、道路というのは、トポロジー的な見方になってしまうということです。ここでは道路というエレメントにおいては、「交点」と「交点と交点を結ぶ線」のみがあるが、線の距離というのは、時間の扱い方次第で延び縮みしてしまうため、意味をなさないということです。
そう考えれば、距離がまったくあてにならないが、交差点だけは非常に正確であるということが理解できます。
ちょっと、難しい説明になりましたが、ようするにあっち(上位次元)には、時間はないということです。
ただし、時間に近い概念として、「順序」というものはあるようです。つまり、時間という一定の速度で経験するという概念ではないが、物事を経験する「順序」というものがあり、それは経験と経験を数珠繋ぎしたようなものになります。
これは過去生リーディングをやっていても感じることですが、そもそも経験の順番というのは時間が決めているものではなく、「Aの次はB」、「Bの次はC」という関係性は存在しているみたいです。
しかも、それは一本の糸で繋がっているわけではなく、縦糸もあれば横糸もあります。過去生リーディングでは、縦糸が経験する一連のテーマとして見えてくるので、縦糸と横糸が絡まって分からなくなるということはありません。
こうしてみると、上位次元というのは時間という概念を外して、トポロジーで考えると理解しやすくなるのではないかと思います。
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コメント
続きをとても楽しみにしています。
投稿 ruby | 2008.05.11 11:58
> ruby さん
毎日とは行かないと思いますが、ぼちぼちと書いて行きますので、よろしくお願いします。
投稿 ふじた | 2008.05.12 08:02
ふじた先生にはありがたいんだか迷惑なんだか、よく分かりませんが、ガイドさんが凄く可愛いな♪と思いました(^_^)
私も続きを楽しみにしています!!
投稿 まぶくり | 2008.05.12 10:05
まぶくりさん!ご無沙汰です。

ふじたさんには申し訳ありませんが、この場をお借りしてまぶくりさんにお礼を言いたいと思います♪
今度、ふじたさんのカウンセリングを受けられることになりました!ふじたさんが京都でカウンセリングをしてくださるのです。
早速予約しました。これもまぶくりさんのお陰です。
ありがとうございました~!
投稿 ruby | 2008.05.12 12:52
ふじた先生ごめんなさい。ちょっとrubyさんとお話させて下さい。。。


rubyサン。こんにちゎです(^_^)
こちらこそご無沙汰です!
お元気そうですね♪
今度、ふじた先生のカウンセリングを受けられるとのこと・・・
私のお陰だなんて正直なんだから!!
なんちゃって
rubyさんの、日頃の行いが良いからですよ!!
カウンセリング楽しみですね!
ふじた先生のカウンセリングによって、rubyさんの毎日が今まで以上に良い方向へ行くよう、祈っていますね!!
投稿 まぶくり | 2008.05.13 10:31
まぶくりさん、ありがとうございます
そして、ふじたさん、よろしくお願いします。
投稿 ruby | 2008.05.13 19:24
こんにちは
以前、カウンセリング受けた者です。
SNSなどネット上では、神さまや天の声が聞こえると言われているごく普通?の方がそこそこ見受けますが、厳しい修行を積んだ聖職者とか何らかの分野で超越しエネルギッシュなプロの方とかでない方にも神さまはメッセージを与えるのでしょうか。
聖職者やプロだから必ずしも人徳があると言うわけでもないですが、何かコツというか心がけでスピリチュアル世界に入って行けるのでしょうか。
すべてに感謝をしなさいという方も多いですね。
ところで先生は
ガイドさんは声として聞こえるのですか。それとも頭に文字のように浮かぶのでしょうか。
投稿 かやま | 2008.05.13 19:28
では、人間の存在する世界で未来に起こる出来事というのは高次元ではどのように考えれば良いのでしょう?
投稿 ruby | 2008.05.16 00:24
> rubyさん
テキストだけで説明するのは、難しいのですが、現在という点から、未来に向けては沢山枝分かれした糸のに出来事が繋がっているような感じです。枝分かれというのは、可能性となります。
つまり、現在の方向性のままで行けば、まっすぐ伸びた糸の出来事が起きるが、その人が新たな選択をした場合は、枝分かれした方に進むことになります。
ここでも、時間が存在しているわけではなく、出来事の順番が存在しているだけになります。
投稿 ふじた | 2008.05.23 07:23
わかりました。ありがとうございました。
投稿 ruby | 2008.05.23 22:47
> かやま さん
神さまや天の声といっても、勘違いや自分の想像なども結構多いですよ。
わりと名前の売れている人でも、勘違いはあったりします。
メッセージを受け取るということについては、ほとんどの人がその能力を持っており、程度が違うだけです。よく1から100というスケールの中でどれくらいかという話をしますが、ゼロという人はいないです。これは、その人の個性というものの範疇に入るので、一種のスキルとも言えるものですから、人徳やプロ、聖職者だからということとは別の話です。
メッセージを受け取るには、自分の我を無くす、思い込みを無くす、判断を無くすなどのことが大切で、そのために修行というものがあるわけです。この修行は現世だけでなく、過去生での修行の結果でもあったりするので、現世だけで判断しようとすると難しくなります。
私の場合は、最初のころは目の前に記号や文字が出てきましたが、最近ではダイレクトに情報として入ってくる場合と、声として聞こえる場合があります。
投稿 ふじた | 2008.05.31 18:56
人は、誰でも何かを感じる感性は、持っているものと思いますが実際、神の声、天の声と会話をされる方は、一部の限られた人であるような気がします。低級霊や自分の思いの声を神の声と勘違いされている方、動物的、感を霊感、直感と思いこんでる人もいると思います。その区別が難しいです。ふと無心でいる時に何かのメッセージを感じる事があっても普通の人は、無心になる事が難しいものです。自分を無心にするコントロールができないような?それができればプロですが!しかし現実、そのような事がわからず自分を勘違いしている方がおります。心が淀んだり雲っていると清きものとは、繋がらないのでは?何かを受け取った時、神の声とは、思わず、そのメッセージは?と奥深く考える事にしております。前世での修業、経験は、今、生まれた時から持っている質であるような気がします。だから人とは、同じ環境にあっても能力も感性も違うのでは?自分の持っている個性を大事に今、頂いてる命を一生懸命、生きる事が大切だと思っております。一日、一日、人は、変化をしていくものだと私は、思っているのですが
投稿 桃 | 2008.06.02 07:59
> 桃さん
スピリチュアルな能力と、(ひとつの例を挙げるなら)プロとして料理をつくる能力はよく似ていると思います。
つまり、知識と経験を積んでいるのかどうかということです。料理人の世界では素人とプロは区別がされているのですが、スピリチュアルな世界では、区別らしい区別がされていないため、知識と経験のない人が、あれこれ言っていることが多いというのが現実だと思います。無心になるスキルも、トレーニングで習得できる部分は大きいです。
ヒーリングセミナーでも、冒頭に言うのですが、知識と経験を積むのは過去生も含めた範囲で考える必要があり、過去生の知識と経験が多い人の場合は、習得スピードが速く、そうでない人の場合は、習得に時間がかかります。つまり、習得のスピードはひとそれぞれ、ばらばらです。義務教育のように、みんなが同じペースで進むことを目指すと破綻します。
なので、「他人と比較しないこと」「自分のペースで進むこと」が大切ですね。
それは、1日1日を大切にすることにつながります。
投稿 ふじた | 2008.06.04 18:52
無心になる訓練もあるのですね。訓練してまで、無心になる事は、必要なのでしょうか?私は、スピリチュアル的な事に興味がありますがそのスキルを高めたり感性に磨きをかけようと思った事は、ないのですがただ目に見えない世界は、あり神社仏閣を巡り歩いて、人としての愛とは?人の心とは、何か?自問自答の日々を過ごし、いつの日か自分自身の心の悟りができれば、とそんな事を思っておりました。ここ数年、神棚の前に座り、自問自答、心と会話しておりましたが訓練やスキルを高め深める事は、才能がある一部の選ばれた人であり、自分とは、無縁かなと思っておりました。訓練する事も必要で、意味があるのかもしれませんね。
投稿 桃 | 2008.06.04 20:18
> 桃さん
無心になる訓練は、必要(ここでは必須の意味に近い必要)かというと、必要ではありません。しなくても生きて行けます。
でも、訓練をすると、良いことがいくつかあります。自分が自分で居られる、人の意見に動揺しなくなる、などです。
そして、自分自身の心の悟りを得るには、非常に重要なことです。
霊的な訓練やスキルについて、プロになる人はごく少数で、これは御呼びが掛かった人でないとうまく行きませんが、そういうレベルではなく、「自分のため」というレベルであれば、どんな人にとっても意味のあることになります。
意味があるということは、イコール必須ということではありません。
たとえば、料理を作るスキルというのは、持っているのは良いことですが、すべての人にとって必須ではないということと同じです。たとえば、大リーグプレーヤーのイチローにとっては、野球をすることが一番大切なことで、料理を作るということは、誰かに任せることができるならそれもよし、自分で作れるならそれもよし、ということです。
投稿 ふじた | 2008.06.04 23:43
それぞれが自分の求める学び( レベル?前世も含めて、生まれ持ってる魂 )が有り、自分の必要な事から始めれば、良いのですね。私は、料理人で、たとえるなら腕をみがくより食べてくれる方が何を食べたいと思ってて、体調を見て、その人の身体が求めてる食材を調理したいです。そこまで、求めるなら腕を鍛える事が必要ですね。それは、自分を鍛える精神も必要ですが相手の気持ちを理解する。すべてが10人十色ですね。基準も決めれないぐらい。大事な事を気づきました。高級料亭だけが人々は、満足しない事を!プロでは、なくてもおふくろの味を求める人もいます。とても大事な事に気づきました。ありがとうございました。
投稿 桃 | 2008.06.05 00:10
あちらには時間がないとは聞いてはいたのですが
具体的にどうなの?って思っていたところだったので
勉強になりました。
投稿 稚魚 | 2008.07.05 22:05