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スピリチュアル・インタビュー (08)

日付:  2009年9月15日
インタビューアー:  更紗(さらさ)

※このインタビューは、スカイプのチャット機能を使って行ったもので、以下のテキストはチャットのデータをほぼそのまま掲載しています。
※チャットについての説明は、こちらを参照してください。
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ふじた: それでは、よろしくお願いします。
更紗 : こちらこそ、宜しくお願いいたします。

更紗 : まずは、決断についてです。
更紗 : まずは、今の自分のいる環境について
更紗 : 日本で、自分が主体となって仕事を進めようか悩んでいますが、今するべきかどうか一瞬迷ってしまいます。
更紗 : 色々、自分のいいように理由をこじつけてしまっているのか、本当にそうするべきなのか・・・
ふじた: それは、「主体となること」をすべきなのか、それとも、
ふじた: 「日本ですべきなのか」のどちらですか?
更紗 : 主体となってはじめるべきか?
更紗 : ですかね。
ふじた: 主体で行うというのは、あくまでも基本です。
ふじた: 主体的に、誰かの後に付くというのもあります。
更紗 : なるほど。では、経営と言った方がいいですかね。
ふじた: 経営も、同じですが、社長が全てを取り仕切る会社もあれば、
ふじた: 社長が、社員に任せる会社もあります。
ふじた: ただし、それはどちらも社長が主体的に決めていることです。
ふじた: なので、主体的というのは、あくまでも基本ということです。
更紗 : なるほど・・・
ふじた: なので、主体的かどうかというよりは、
ふじた: 「自分が仕切る」のかそれとも「仕切ってもらう」のか
ふじた: どちらのポジションに付くのが良いのか? ということになりますね。
更紗 : 日本での生活にもやっと馴染んできて、あちこちから、仕事につながる話がきています。
更紗 : 同業種の友人と一緒に
更紗 : 始めようという話で盛り上がったりもしましたが、
更紗 : 後々、お金などでもめないか考えていたら、
更紗 : 結局、はじめから一緒にはじめるのは、友人に頼りたいという弱気な現われなのかと
更紗 : 感じはじめました。
ふじた: それは、経営ということで考えると、
ふじた: 経営プランが無い状態で、経営について悩んでいる状態です。
ふじた: つまり、「悩むべきポイントを認識していない」とも言えます。
更紗 : そうなんです。
更紗 : では、今悩むべきポイントとは?ポイントが定まっていないので、
更紗 : 逃げなのか?とか必然なのか?とか、いつも
更紗 : 決まらないまま、問題がすりかわっていき
更紗 : 今はじめるべきな気がする・・・でもそれは勝手な思い込みで、自分にはそんな力はない?
更紗 : というスパイラルに・・・
ふじた: 悩むべきポイントというのは、「今、自分が何をしたいのか?」ということです。
ふじた: 他の事は、それが決まってから、悩むことです。
ふじた: 何をしたいのが決まっていない状態で、他から、色々と話がくると、
ふじた: 自分の中で、ぐるぐる廻り始めます。
更紗 : 『本当にしたいこと』が、世間や周りとの影響で
ふじた: 本当にしたいことは、周囲とは関係がありません。
ふじた: 自分の深いところから出てくるものです。
更紗 : 極端に言ったら誰かに迷惑をかけてでも、したいこと?ってなりますか?
更紗 : どうしても、周囲の和を考えてしまいます。
ふじた: 迷惑かどうかは、話をしてみないと分からないところです。
更紗 : ・・・なるほど
ふじた: そもそも、人間は、誰にも迷惑かけないで生きるということは非常に難しい
ふじた: ということがあります。
ふじた: また、迷惑を掛ける度合いを数値化した時に、1%なのか99%なのかによっても随分異なります。
ふじた: また、「迷惑が迷惑で無くなる」ことにするということは大切です。
更紗 : 本当にしたいことがきちんと見えていれば、
更紗 : 例えばしたことのない、経営など、
更紗 : 未知への挑戦への恐怖心、恐怖ではなくなるんでしょうか?
ふじた: 「本当にしたいこと」と「今出来ること」とが、必ず一致するとは限りません。
ふじた: 私の場合で言えば、カウンセリングを始めた時、
ふじた: これで、生活できるということは、まったく見えていませんでした。
ふじた: それでも、「やりたいこと(あるいは、やるべきこと)」であったので、
ふじた: ならば、「どうやったら、それは可能になるのか?」を考え始めたわけです。
更紗 : 結果を求めすぎない
更紗 : という姿勢が大切ってことでしょうか。
ふじた: 新しいことを始めるというのは、不安や怖れが出ることが普通だと思った方が良いです。
ふじた: 結果を求めることは大切ですが、求めすぎると、怖れに変わります。
更紗 : なるほど・・・

更紗 : 少し、話題が変わりますが、先生は過去との決別についてどう思われますか?
ふじた: 過去とは、決別したことがありません。
ふじた: 今の自分というのは、過去の様々な事柄・経験から出来上がっているので、
ふじた: その結果が今の自分ということです。
ふじた: ただし、「忘れる」ということはあります。
更紗 : 忘れる・・・
ふじた: ブログで、忘却力について書いていますが、忘れるというのは、能力の一つです。
ふじた: 「過去と決別する」ということは、ある意味自分を否定するということに繋がりやすいという側面があります。
ふじた: 「忘れる」であれば、自分を否定するということは、起こりにくいということです。
更紗 : なるほど
ふじた: ただし、ごく少数ですが、忘れる=過去との決別 になってしまっている人がいることは確かです。
更紗 : 海外の生活から、日本へ帰ってきて、自分の目を通してみていた世界の価値観が
更紗 : 大きく変化したことを、とても感じていて
ふじた: 良いことですね
更紗 : はい、とても貴重な体験をしていると思います。
更紗 : ただ
更紗 : 以前の自分を否定するというよりも、
更紗 : 他人をみているような・・・
更紗 : あんな風に考えてたから、ああいうことをしていたんだなーー
更紗 : と、わけもなく傍観者というか・・・
ふじた: Aという価値観だけで生きてきた人と
ふじた: Bという価値観もあるということを知っている人の
ふじた: どちらが、幅のある人生を送ることができるかということですね。
ふじた: どちらか一方を否定するのではなく、どちらも認めるということが大切です。
更紗 : はい
更紗 : 懐かしくも思います
更紗 : ただ、新しく歩みだしながら、
更紗 : 昔の癖や習慣によって
更紗 : 影響されている自分がいて
更紗 : めんどくさいです
更紗 : 少しずつ、変えていってみるしかないですよね?
ふじた: 調整期間みたいなもので、
ふじた: 新しい自分らしいスタイルが出来るまでは、多少ぶれることはあります。
更紗 : あまりあせらずでいいんでしょうか?
更紗 : せっかく得た新しい感覚が鈍らないか、少し心配になります
ふじた: 自分を見つめ直すことが大切です。
更紗 : 見つめなおす・・・
ふじた: これから先を考えた時に、この感覚は役に立つのかどうか?
ふじた: それとも、役に立たないのか?
ふじた: それを見極めたら、新しい感覚をキープするようになります。
更紗 : 受け入れるってことでしょうか?
ふじた: 判断をしてから、受け入れるということです。
更紗 : わかりました

更紗 : また、少し変わりますが
更紗 : 決断や感覚の話のつながりで、結婚を例に出します
更紗 : 結婚はとてもすばらしいと思いますが、
更紗 : 私本人は、今結婚願望のようなものが消えてしまったような気がします。
更紗 : そういう相手に出会っていないから、そう感じないのか?
更紗 : できてないから、強がっているのか、本当にそうなのか?
ふじた: 結婚については、カウンセリングでもよく聞かれる話になりますが、
ふじた: 結婚をしたくなる時期というのがあって、
ふじた: そういうのが、人によって長さや期間は異なっていますが、
ふじた: 波のように、上がったり下がったりします。
更紗 : なるほど
ふじた: なので、波が上がっている時に、相手が見つかったり、
ふじた: その後に、結婚したりするというのがあります。
ふじた: それを過ぎてしまうと、
ふじた: あの頃の結婚願望は何だったのだろうか?
ふじた: という、気分になります。
更紗 : 今が、過去の自分を振り返るとそんな感じですね。
更紗 : では、流れに任せれば特にあえて、無理に思う必要ないってことですか?
ふじた: 少なくとも、「無理」をする必要はありません。
更紗 : なるほど。

更紗 : また話はかわりますが、
更紗 : 私って極端で単純なのかなと思いますが・・・
ふじた: 極端で、単純で・・・ どこか悪いところありますか?(笑)
更紗 : 悪いことかと・・・汗
ふじた: 極端・単純を言いかえると、
ふじた: 「物事を極めるタイプで、しかもシンプルに生きている」
ふじた: と、することもできますね。
更紗 : そうともいいますね!
ふじた: カウンセリングでも 自分の性格が・・・ という相談が時々ありますが、
更紗 : はい
ふじた: 性格を直してください と言ったことはほとんどありません。
ふじた: 大切なのは、「自分の性格を有効に使う」ということだと考えています。
更紗 : 有効に。
ふじた: 自分の性格が、極端に問題があるのであればともかく、うちにカウンセリングに来られる方のほとんどは、それを有効活用することの方が大切だったりします。
更紗 : なるほど。

更紗 : ところで、
ふじた: はい
更紗 : 私が、本当にしたいことは出家につながってしまうので、経営を始めることに戸惑いを感じているのでしょうか?
ふじた: 出家と経営は両立します。
更紗 : そうなんですか?
ふじた: 瀬戸内寂聴さんは、作家を続けてます。京セラの稲盛和夫さんは出家したけど、経営者としても現役です。
更紗 : 知りませんでした!!そうなんですか!?
ふじた: そもそも、出家というは、これまでとは異なる経済活動に入るということです。
更紗 : これまでとは異なる経済活動?
ふじた: 無人島で一人暮らししているわけではないですから、
ふじた: 人が生活する限り、経済は存在します。
更紗 : はい、生活するには経済は切れません
ふじた: 「お客からお金をもらうのか」「信者からお金をもらうのか」の違いだけです。
ふじた: どちらも、「お金が動く = 経済」であることに変わりはありません。
更紗 : 客か信者か・・・
ふじた: お客さんも、ある意味では、信者であるわけで、
ふじた: 経済学やマーケティングでは良く言われていることです。
更紗 : はいそう思います。
ふじた: 出家したら、出家した先の経済があって、それを維持発展させる必要があり、それは言い換えるなら経営とも言えるわけです。
更紗 : はい。
更紗 : では、
更紗 : ビジョンというのは、よく経営書などで出てくるキーワードですが、
更紗 : 先生はビジョンとはどういうもの
更紗 : と考えていらっしゃいますか?
ふじた: ビジョンとは、要するに「やりたいことはこれだ!」 ということです。
カッコつけて、わが社のビジョンは・・・ と言いながら、中身のないビジョンというものも、よく見かけます。
ふじた: これは、やりたいことが何なのか、自分たちがよくわかってないのに、
ふじた: 経営をするのには必要だからといって、とりあえずのビジョンを掲げているだけに過ぎません。
更紗 : それは、ぼんやりしたものをやりながら、明確にしていくものもそうですか?それとも、本物のビジョンははじめから強くイメージできるものでしょうか?
ふじた: トヨタ自動車が、掲げるビジョンは、一応みんなが認めるものになっていますが、
ふじた: 経営者インタビューなどを読んでいると、「うちは、クルマで金儲けしたい」ということを堂々と言っています。つまり、トヨタの本音のビジョンは「金儲け」なのです。
ふじた: そのために、売れる車=良い車をいかにしたら作ることができるかを、日々一生懸命やっているわけです。
ふじた: 要するに、「本音」が一番大事です。
更紗 : 納得です
ふじた: ただ、表向きに本音を言うと、勘違いされることがあるので、そのあたりは、本音をベースにして、良い言葉に書きかえるということも必要になることがあります。
ふじた: ビジョンで大事なのは、そこにちゃんと本音が入っているということです。
更紗 : でも
更紗 : 経営を考えるとどうしても利益の追求は必要ですよね?
更紗 : 企業で、金儲けが本音でない企業もあるんでしょうか?
ふじた: はい、ありますよ。
ふじた: 技術屋さんの会社などでは、ときおり見かけることがあります。
ふじた: 「自分の持っている技術を社会に活かしたい」が本音で、
ふじた: それには、「お金が必要」が手段。
更紗 : 職人的な感じですか
ふじた: そうですね
更紗 : なるほど。
ふじた: 逆に良くあるのが、 
更紗 : はい
ふじた: わが社は社会貢献したい というビジョンを持っているが、
ふじた: 実は、社長が金儲けしたいだけ
ふじた: という実態。
更紗 : けっこう多そうですね
ふじた: こういうビジョンなら、無い方が社員が混乱しないです。
更紗 : ふふふ
更紗 : そうですね
ふじた: 金儲けにも二種類あって
ふじた: (1)自分だけ金持ちになる
ふじた: (2)みんなと一緒に金持ちになる
ふじた: があり、(1)の社長は、好意的な印象をもたれないことが多いです。
ふじた: ただ、そういう社長は目立つので、お金=ダーティのイメージづくりに貢献してしまっています。
更紗 : なるほど~
更紗 : 結局は、自分は何をしたいのか
更紗 : の明確化は、私がまずすべきことってことですね・・・
ふじた: はい。
ふじた: その場合、自分が主役になることもあれば、脇役を選択することもあります。
更紗 : 自分はやりやすいポジション選びも必要ということでしょうか?
ふじた: はい。
ふじた: 名画には、名脇役がかならずいます。
更紗 : そうですね。
更紗 : 主役だけじゃ成り立ちませんね
更紗 : そのやりたいことというのは、今すぐできなくても、10年後でもいいってことでしょうか?
ふじた: 10年先は、どうなっているか分かりません。
更紗 : はいその通りです。
更紗 : でも、良く、10年後の自分をとか、5年後とかいいますよね
ふじた: 私もカウンセリングで、言うことがあります。
更紗 : 10年先ってどうやって考えたらいいんでしょうか?
ふじた: 10年先は、自分の年齢に+10をしてみて、その時をイメージしてみるということです。
更紗 : +10歳のイメージですね!!!
ふじた: 自分の10年後をイメージすると、このままの生活・仕事を続けてはいられなくなる→自分に変化を起こすになります。
更紗 : なるほど!
更紗 : ただ、
更紗 : 正直、私はいつもせっぱつまらないと動けないタイプで
更紗 : それは直したほうがいいんでしょうか?
ふじた: 人間も動物なので、そもそも計画的に何かをするような気質を持っているわけではないです。
更紗 : はい!
ふじた: なので、お腹が空いたら、狩りをする。
ふじた: という気質を持っています。
更紗 : 感覚で生きてます・・・
ふじた: お腹が空かないと、のんびりする。
ふじた: ライオンなどをみてると、そういう生活してますね。
更紗 : はい
ふじた: なので、直すものではなく、人間というものの基本的な性質であると認識することの方が大切です。
更紗 : 安心しました
更紗 : そろそろ、時間ですね。
ふじた: はい。
ふじた: 最後がちょっと尻切れトンボですが、このあたりは次のカウンセリングでお話しましょう。
更紗 : はい。
更紗 : ありがとうございました。
ふじた: ありがとうございました。

(以上)

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スピリチュアル・インタビュー (07補足)

日付: 2009年9月10日
インタビューアー: 春陽(ハルヒ)

※このインタビューは、2009年9月8日の「ピリチュアル・インタビュー (07)」への補足インタビューになります。
スカイプのチャット機能を使って行ったもので、以下のテキストはチャットのデータをほぼそのまま掲載しています。

春陽 : 今日は、結婚記念日で、食事に行ってきました。
春陽 : そこで、2人でリラックスして、別れた後のことなどを話したりしていました。
ふじた: はい
ふじた: 結婚記念日に、別れた後の話 というのもなかなかですね。
春陽 : はい。なかなかオツなものです。
春陽 : こういうことをお伺いしていいのか分かりませんが、
春陽 : ふじたさんには、私たちの今後が見えていたりするのですか?
ふじた: 当人たちの選択が、第一ですから
ふじた: カウンセリングのセッションにならないと、見えないです。
ふじた: セッションでない時に、色々と見えると、なにかと不便ですから、セッションの時以外には、見ないようにしています。
ふじた: 私にも、普通の生活がありますから。
春陽 : なるほど。そうですよね。
前回、skypeカウンセリングを受けたとき、
見えていらっしゃったのかな。と思ったのです。
ふじた: 最中は見えても、終わると見えなくなります。
春陽 : はい。
ふじた: 最中(モナカ)は美味しいけど、賞味期限を切れると、どんなものでも、美味しくなくなるのは、基本です。
春陽 : ふふふむむむ???
春陽 : 最中とは、カウンセリングの例え?
ふじた: 旬が大事ということですね。
春陽 : ふふふむむむ。。。。
非常に選択に迷うときで、
もし見えていたのだったら、教えてもらっちゃいたいな。と
ちょっとずるっこをしたくなってしまった訳です。
春陽 : しかし、旬は過ぎてしまった。ということですかな。
ふじた: というか、旬の最中であっても、カウンセラーが答えを言うべきでない、ということはよくあります。
春陽 : そうですよね。
はい。
ふじた: 答えではなく、経験が大切なときは、カウンセラーの答えは、ある意味でアテにならないときがあります。
春陽 : はい。
春陽 : 経験の通過点にいるときは、もう早く答えを知りたくて、
(楽になりたくて、迷いたくなくて)
未来を見たいと思います。
しかし、その通過点を、考えながら進む。
その過程が大切だ。
ということでしょうか。
ふじた: それは、学校の試験の答え合わせみたいなものです。
ふじた: (人生の)答えは、予め決められているものではなく、
ふじた: 自分で作り上げるものだと理解するなら、答え合わせは、不用になります。
ふじた: 自分の人生の答えは、自分が作り出すものです。
春陽 : 迷い、悩みながら(時には喜びながら)歩いてきた人生が
即ち 答えだ。
春陽 : ということでしょうか。
ふじた: そうですね。
ふじた: どうも、我々の世代は、答え合わせが、習い性になっているみたいですね。
ふじた: ところが、これからの時代は、答え合わせには、出てこない答えを自分で作り出さないといけない時代になってきます。
ふじた: なので、自分で答えを作り出すということが、とても重要になるというのが、これからの時代になります。
春陽 : はい。その世代の代表選手です(えへん!)
私の場合は、最善の道を行きたいと言う、ずるっこな考えからですが。
先の見えない道を行く。と言うのは、とても勇気のいることです。
ふじた: これは、ちょっと、悩ましくて・難しいことかもしれませんが、この答えを出さないと、これからの時代を生き抜く事が難しいということです。
ふじた: でも、先が見えないということは、
ふじた: 自分にとっても、良いことでもあります。
ふじた: 自分の思う、未来を作り上げることが、これまで以上に、楽になるということになります。
春陽 : この答えとは、
自分で作り出していく答え。ということですね?
ふじた: うーーん
ふじた: というか、
ふじた: 新しい未来を創るのは、あなた次第ということです。
ふじた: 混沌の時代においては、未来は定まっていないし、そもそも、どうなるのか分かりません。
ふじた: そういった時代に、方向性を与えることができる、という時代でもあるということです。
ふじた: なので、未来を創造するのに、これほど間近な場所に居られるというのも、珍しいことだということを理解することが大切です。
春陽 : そういうことならば、
私は、大海原を前にして、旅に出るのを怖がっている旅人のようです。
それは、進むべき道を見出せていないから。
ただ、さ迷ってしまいそうだからです。
そうであれば、
進むべき方向を自分で決められれば、
旅に出るのも、そう怖いことではないのかも知れません。
(それでもまだ、未知の世界ですが)
春陽 : 進む方向は、自分で決められる。ということですね。
ふじた: はい
ふじた: しかし、怖がるのも、学びです。
春陽 : はい。すっごく怖いです。
怖くて、怖くて、お布団かぶって、寝てしまいたいです。
ふじた: それをしても、
ふじた: 何も変わっていないという経験も大切です。
春陽 : ・・・はい。
只今、経験中でございます。。。^_^;
春陽 : 船着場まで、出て行って、
戻って来ての繰り返しです。
今、大海原へ出てしまったら、
恐れと緊張で、がちがちになってしまいそうです。
ふじた: 怖いという経験も、学びであるとするなら。
恐れとか、緊張というのは、単に経験のプロセスでしかないということが、いずれ分かります。
ふじた: 少し時間は、必要かもしれませんが・・・
春陽 : そうかも知れません。
春陽 : その準備が、私にとっては仕事を始める。と言うことかもしれません。
(そうそう、派遣の仕事が決まりそうです。)
ふじた: 経済的に自立すると、色々と見えてきます。
春陽 : はい
春陽 : 船に乗り、オールを手に取ることが出来るかもしれません。
春陽 : ふぅ。私のずるっこな質問が、
とても大切な内容に発展しました。
春陽 : ずるっこな質問も、
時には大切ですね!
春陽 : ありがとうございました。
ふじた: ありがとうございました。

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スピリチュアル・インタビュー (07)

日時: 2009年9月8日13:20~14:40
インタビューアー: 春陽(ハルヒ)

※このインタビューは、スカイプのチャット機能を使って行ったもので、以下のテキストはチャットのデータをほぼそのまま掲載しています。

ふじた: では、よろしくお願いします。
春陽 : はい。
春陽 : 結婚・出産・離婚についてお伺いしたいと思います。
春陽 : 私事ですが、結婚3年目・子なし夫婦の私たちは先月、離婚の危機に直面しました。
ふじた: はい。
春陽 : そこで、そのテーマについて、すっごく考えたわけです。
春陽 : まず、結婚する相手との縁について、そして、それが(縁が)終わるときがあるのか、教えて欲しいのです。
ふじた: 終わる時があるケースの方が多いと言った方がいいでしょうね。
ふじた: 離婚のカウンセリングでよく話すことですが、結婚して死ぬまで一緒にいる確率って、どれくらいあると思います?
春陽 : う~ん・・・。40%くらい・・・??
ふじた: 世の中的には、40-50%くらいでしょうね。
春陽 : そうですか。
ふじた: でも、それは、子供がいるから とか 経済的に夫に依存しているから とか 世間的な対面が とかの理由があって、別れないというのも多いです。
春陽 : すごく良く分かります。
ふじた: そういった、理由がもし無くなったら・・・ という研究をした人がいて、その人によると、理由が無くなれば、つまり自由に結婚して、離婚することができるのであれば、
春陽 : はい。
ふじた: 死ぬまで一緒にいる確率は、30%くらいになるそうです。
春陽 : ・・・。はい。でも今はなんとなく分かります。
ふじた: つまり、ずっと一緒にいることの方が少数派というわけです。
春陽 : そうなんですね。
ふじた: なので、結婚相手との縁が終わるというのは、珍しいことではないということです。
春陽 : なるほど。
ふじた: ところが、日本の戦前においては、結婚したら、離婚すべきでないという風潮が強くなった時期があります。
春陽 : はい。プログラミングされています。
ふじた: 戦争(が良いかどうかは別として)をするためには、人間の数を増やす必要がある。
春陽 : そういう理由で!
ふじた: なので、結婚して子供を沢山作ることが奨励されていました。
ふじた: 産めよ、増やせよ の時代ですね。
春陽 : はい。
ふじた: そうなると、結婚は良いことですが、離婚してもらっては困るわけです。
春陽 : なるほど。
ふじた: 子供を沢山作ることができなくなりますから。
春陽 : そうですね。
ふじた: なので、結婚は良いけど、離婚というのは反社会的な行為であるかのような空気が醸成されていったのが、戦前の時代になります。
ふじた: 私たちの親の世代は、ちょうどそのころに成長期を迎えているので、そういった価値観が強くなり、それは私たちの世代が空気として感じているわけです。
ふじた: なので、離婚=悪いこと という印象を植え付けられてるということがあります。
春陽 : そういう経緯だったのですね。
春陽 : 今回、離婚を考えるにあたって、そのプログラミングがより判断を難しくしました。
春陽 : 純粋に、2人の関係を考えるより先に、どうしても世間の常識が邪魔をしてしまうのです。
ふじた: 結婚というは、あくまでも2人の関係が基本です。
春陽 : その通りだと思います。
ふじた: 当人同士 > 子供 > 親 > 親戚 > 世間
ふじた: といった順と言ったらいいでしょうか。
春陽 : 分かりやすいですね。
春陽 : でも、実際私たちは、その逆を行っていました。
ふじた: ただ、昔は上記の式に 経済 というものも入っていましたが、最近では女性も働くのが普通になってきたので、経済はあまり問題ではなくなりつつあります。
春陽 : そうですね。
春陽 : 今回主人が話していて印象的だったのは、
春陽 : 女性が権利を主張し始めたから、おかしくなったんだと。
春陽 : それまでは、女性が家。男性が外と、役割分担できていたから
春陽 : 家庭が保てていたんだと。
春陽 : そう言っていました。
ふじた: 男と女では、身体が違うので、役割分担が必要ではありますが。(男は子供を産むことができないので)
ふじた: だからといって、権利を主張できないというのは、おかしな話です。
春陽 : そうですね。
春陽 : 私もこの発言に関しては、けっこうショックだったのです。
春陽 : ここまで考えの違う人と共に暮らしていたのかと。
春陽 : そこで、話はもどりますが、
ふじた: はい。
春陽 : 縁が終わったのでは?と感じたのです。
ふじた: 縁というのは、終わるとか始まるという考え方ではなく、
ふじた: 複数の人たちが、「ある時間を共有するのが縁」だと思っています。
春陽 : 必要な時期、共に過ごす。ということでいいでしょうか?
ふじた: そうですね。
ふじた: この場合、過去世・現世・来世も含んでいます。
春陽 : ちょっと補足していただけますか?
ふじた: 人間は、必ず死ぬわけですから、必要な時期というのは永遠ではありません。
春陽 : はい。
ふじた: 現世での縁は、過去世から来る場合もあり、来世につなげる場合もあります。
ふじた: カウンセリングで、良くあるのが過去世で結婚できなかったカップルが、現世で出会った場合、以外と長続きしないというのがあります。
春陽 : あら?どうしてでしょう??
春陽 : せっかく会えたのに・・・。
ふじた: 想像していた、結婚生活と、現実の結婚生活のギャップが大きいというのは、良くあることです。それが過去世繋がりだと、「想い」が強くなるので、ギャップも大きくなるようです。
春陽 : はぁぁぁぁ~。死を通り越しても、そんなものなんですねぇ~。
春陽 : 生きてるときと、そんなに変わらないのですねぇ。。。
ふじた: 経験してみないと、分からないことですから。
春陽 : なるほど。
春陽 : しかしですよ!
春陽 : それでは、「縁」を考えたとき、その過去生からの思いを遂げて一緒になって、
春陽 : すぐに別れてしまうのは、一緒になってみるのが、「縁」だったということでしょうか??
ふじた: はい、そうです。
春陽 : あら。早い。
ふじた: 経験してみるということですね。
春陽 : ふぅぅむ。
春陽 : 私は、もっと大きな「学び」などを考えていました。
ふじた: そういう場合もあります。
春陽 : あるんですね。
ふじた: おためししてみる、という縁もあります。
春陽 : ふふ☆かわいい。
春陽 : それでは、「縁が終わったときの判断基準」などはありますか?
春陽 : (すっごく知りたい)
ふじた: 縁が終わった時の判断基準というのは、ケースバイケースですが、
ふじた: 先ほどの、
ふじた: 当人同士 > 子供 > 親 > 親戚 > 世間
ふじた: で見直してみるということがポイントになるかと思います。
春陽 : なるほど。。。
ふじた: 二人が、このままの状態を続けるのが良いのかどうか。
春陽 : その判断が、また難しいのですよね。
春陽 : まだ、努力しだいで修復できるのでは?などと考えると、
春陽 : なかなか答えはすぐに出てこないのです。
ふじた: 「努力したい、相手」なのかどうかを考えるのも大事ですね。
春陽 : ふふふふふぅ~。きびしいですねぇ。
春陽 : (ちょっと考えている・・・)
ふじた: 本当に好きな相手であれば、努力したくなります。
春陽 : ・・・・・・・・・またまたなのですが、
春陽 : その「好き」も、情だか、愛情だかなかなか区別が難しくて。
ふじた: 区別するから、難しくなります。
春陽 : おお?
ふじた: 一度、何も考えない、リセットした状態を作って、直感的に感じてみることが大切です。
ふじた: 愛=直感 情=思考 ですから。
春陽 : ズバッと来ましたねぇ。
春陽 : それでは、もし一緒にいる時が終わっている2人が、
春陽 : 無理して一緒に居た場合、どうなるのでしょう?
ふじた: 良くあるのが、仮面夫婦です。
春陽 : あるでしょうねぇ。
ふじた: 経済的にだけ結び付いているとか、身体だけ結び付いているとか。
春陽 : それは、それで学び?それとも、学びを遅らせている?
ふじた: もっとひどいのだと、世間体だけで結びついているとか。
春陽 : 私は、結構そっちが多いような気が・・・。
ふじた: 学びというのをあまり狭く定義しない方が良いですね。
春陽 : るるるるる~。(ちょっと混乱)
ふじた: なんでもあり、とは言わないですが、
ふじた: 痛い思いをするのも、経験ということですね。
ふじた: 大切なのは、それを活かすということ。
ふじた: 戦争を経験するから、平和のありがたみが分かる・・・ ということで。
春陽 : ふむふむ。
春陽 : 2人で共有する時間が終わったら、自然に離れられたらいいですね。
春陽 : 今の社会のシステムや、常識が邪魔をしますが。
ふじた: 戦前の価値観がそのまま、社会システムや法律になっていますから。
ふじた: そのあたりを変更する必要はありますね。
春陽 : そうですね。
春陽 : 心に従って、生き易くする為に。
春陽 : それでは、結婚・離婚がまとまって話せたので、
春陽 : 次は出産で。
ふじた: はい。
春陽 : 実は、今あまり子供を欲しいと思えないのです。
春陽 : しかし、先日そういう行為に及んでしまい、丁度妊娠しそうな日のため、
春陽 : ちょっと動揺しているところだったりします。
ふじた: したい日、だったのか、欲しいからしたのか?
ふじた: どちらなのか?ということもありますね。
春陽 : 主人がずいぶん努力して、優しくなり、
春陽 : 自然にそうなりました。子供を欲しいから。という訳ではなかったです。
ふじた: 「したい」と「子供を欲しい」では、「したい」という方だったわけですね。
春陽 : そうですね。
ふじた: 夫婦だと、避妊してくれ、も言いにくいですね。
春陽 : そうですね。
春陽 : そして、妊娠可能日だと知ったときの自分の動揺にも驚きました。
春陽 : そこで、質問なのですが、
春陽 : ・子供は親を選んで生まれる。と言うが、ふじたさんのお考えは?
ふじた: その前に、
春陽 : はい。
ふじた: 女性には、妊娠する力 もありますが、 避妊する力 もあります。
春陽 : はい。以前にもお伺いしました。
ふじた: 欲しいけど、出来ないという夫婦の場合、女性が「実は欲しくない」というケースが多いです。
春陽 : 私は「実は欲しくない」ケースでしたね。
ふじた: つまり、子供が生まれるということは、「父」「母」「子」の三者の上位意識レベルでの合意が必要なわけです。
春陽 : !!
ふじた: 「選ぶ」・「選ばない」ではなく、合意なのです。
春陽 : 無意識のうちに、合意!!
ふじた: 合意するのが、良い関係を作るためとは限りません。
春陽 : ???
ふじた: 先ほどの学びでも言いましたが、痛い思いをするのも学びですから、
ふじた: そういった学びをあえてすることもあります。
春陽 : 上位意識で選択して?
ふじた: 生まれる時には、忘れているので、覚えていないです。
春陽 : そうなのかぁ。
春陽 : それが、子供が選んで生まれてくる。なのですね。。。
春陽 : そこには、両親の合意もあり、さらに学びもあると。
ふじた: はい。
春陽 : そしたら、なおさら、子供を欲しい主人と、今はそう思えない私は
春陽 : 早めに離れたほうが、お互いのためかもしれません。
ふじた: そうですね。
春陽 : おぉぉ!
春陽 : ダイレクト!
ふじた: 少なくとも、幸せになれるという気分にはなれませんね。
春陽 : ううううううう~んんん。そうかもしれません。。。
ふじた: 子供はともかくとして、
ふじた: 価値観がずれている状態では、気持ちの上で苦しい状態になります。
春陽 : そうですね。その通りだと思います。
春陽 : 今回話し合いで、ずいぶんお互いのことが分かりました。
春陽 : お互い歩み寄ることも話しましたし、今は実践段階です。
春陽 : 上位意識では、答えが出ているのかもしれませんが、
春陽 : 「やれることは、やっておきたい」という気持ちも捨てられません。
春陽 : ・・・シンプルじゃないなぁ。
ふじた: 中途半端に別れると、確かに後で後悔しますね。
春陽 : はい。
ふじた: なので、
ふじた: あっさり、別れてしまうか。
春陽 : おうっ
ふじた: 出来ることはやってみて、判断するか。
ふじた: のどちらかになりますね。
春陽 : はい。
春陽 : 私たちの場合は、後者を取ると思います。
ふじた: 「あっさり、別れる」も後悔しないと腹を括れば案外良いですよ。
春陽 : それが、なかなか括れなくてねぇ~。。。
春陽 : 主人が「子供が欲しくない人との結婚はありえない」なので、
春陽 : 結論は早いと思いますが。
ふじた: 結局、
ふじた: 取りうる選択肢は、
ふじた: 「続ける」か「やめる」
ふじた: の2つに一つしかないわけです。
春陽 : うう。中間でもがいているわ・た・し♪
ふじた: ただし、続けるの場合は、「本当の夫婦になる」から「仮面夫婦」まで色々とバリエーションがありますが。
春陽 : おおおおおおぉぉ。それはしないようにします。
春陽 : (仮面夫婦)
ふじた: なので、そのバリエーションの中で悩むわけです。
春陽 : なるほど。
ふじた: カウンセリングで来られる場合は、そのバリエーションが多くて、悩んでいるというケースが非常に多いです。
春陽 : 私も、その一人ですね。
ふじた: しかし、結局は、「続ける」か「やめる」のどちらかを選択するしかない、ということです。
春陽 : はい。
春陽 : よくよく気持ちと向き合って見ます。
春陽 : 今日は、マリア様と関連のある日でしたが、
ふじた: 生誕日ですね。
春陽 : そのようですね。ふさわしい内容になったでしょうか。
ふじた: ふさわしい内容になったかどうかは、今すぐ分かるものではないことも多いです。
春陽 : おおぉ!
ふじた: ふさわしい内容だったと、後から言えるようにすることが大切ですね。
春陽 : そうですね。同じ悩み(?)を抱えている方の、少しでもお役に立てる内容だったら嬉しいですね。
春陽 : ふじたさんのスッパリ!アドバイスと共に。
春陽 : ・・・さて、私の用意してきた質問はこのようなところです。
春陽 : いかがでしょうか?
ふじた: 他にはありますか?関連して、でもいいですが。
春陽 : いいえ、それが、なんだか随分すっきりとして、気持ちがいい位です。
春陽 : 楽しかったし、目からうろこも沢山ありました。
春陽 : ありがとうございました☆
ふじた: こちらこそ、ありがとうございました。
春陽 : それでは、また!
ふじた: はい!

(以上)

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インタビュー・ライター募集

インタビュー・ライターを再開します。

今回の募集は、「スピリチュアル初心者」になります。
インタビュー・ライターの募集については、以下をご覧下さい。

. . . . .

カウンセリングに来られた方にはケースバイケースで話をしてしますし、以下の記事にも書いていますが、

なんでも見えちゃうんですか?
http://diviner.cocolog-nifty.com/holy/2007/02/post_7c79.html

私は一方的に話したり書いたりするタイプではなく、聞かれたら色々と出てくるタイプなので、伝えたいと思っていることの半分もブログの記事になっていないところがあります。
ということで、インタビュー・ライターを募集します。

インタビュー・ライターは、神楽坂のパレットで私と会って、スピリチュアルの知識や情報について自分の聞きたいことを聞いて(個人的な事柄については、有償のカウンセリングになります)行きます。それを録音して、後日録音した内容をタイプして、私にメールするということを行います。報酬は無償ですが、自分の聞きたいことを聞くことができるので、自分自身の知見を広くすることができます。

インタビュー記事は、こちらのブログにも掲載します。
インタビュアー、ライターの経験の有無は問いません。

インタビュー・ライターを希望する方は、以下のフォームメールでお問い合わせください。
http://form1.fc2.com/form/?id=130509

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2009年のワークショップ

現在のところ、まだ案の段階ですが、2009年のワークショップ、セミナーについては、以下のような区分で行うことを検討中です。

■セミナープログラム(どなたでも参加できます)
ヒーリング初級1、初級2
結界

■スタディプログラム(どなたでも参加できます)
スピリチュアル基礎1~3
過去生リーディング
チャネリング
マリアトライアングル
結婚
一年の流れを読み取る
オープンセミナー

■インタビュープログラム(参加条件あり)
個別インタビュー(初級、中級、上級)

■アドバンスプログラム(参加条件あり)
ヒーリング練習会
ヒーリング中級、上級
アチューメント初級、中級
過去生リーディング
チャネリング

■アウトドアワークショップ(どなたでも参加できます)
九頭龍神社月次祭
富士山ワーク
東国三社
諏訪大社
日光紅葉
房総観音
戸隠神社

■二至二分(春分・夏至・秋分・冬至)ワークショップ(どなたでも参加できます)
春分の日
秋分の日
夏至(伊勢)
冬至(穴八幡神社、恵方、マリアトライアングル、高尾山・ダイヤモンド富士)

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スピリチュアル・インタビュー (06)

日時:2008年9月27日
インタビュー&タイプ: Rainbow
編集:ふじた


【ネット上で言われている911の真相について】

── 今、いろいろなブログをみていると、9月という事もあり、911に関連して、いろいろなブログ等で真相がでてきているようなんですけど、私はつい最近、YouTubeをみて「こういうことだったんだ」と知ったんですが、いろいろなブログやYouTubeで言われていることは真実なのでしょうか。

ふじた: 911で言われている事とは、例えばどんな事でしょう?いろんな人がいろんな事を言っているので。

── あっそうですね。例えば、闇の勢力と言われている世界金融資本の存在とか、アメリカの自作自演とか、飛行機がぶつかったのではなく水素爆弾が使われたとか、、その辺に関してなんだけども。

ふじた: ふ~ん、911に関して言えば、極端な意見を言っている人って多いんだけども、極端な意見っていうのは、だいたい間違っています。

── あ~、そうなんですか。極端な意見っていうと、、

ふじた: 水素爆弾とか。水素爆弾を爆発させようと思ったら、ある程度以上(人員、設備、爆発)規模が必要なんです。
なんでかっていったら、水素爆弾といったら中身は重水素と原爆で構成されているんです。原爆の小さいのを作ろうとしても難しいんです。通常爆薬を沢山搭載するほうがはるかに簡単です。

── 水素爆弾の放射線同位体が見つかったとか、当時救助に関係した消防士、警備員とか関係した人々に、最近、原爆みたいな症状の患者が増えているとかという話なんですけど。

ふじた: ああいう報道というのは、基本的にそれが本当なのかどうなのか、という検証をしている人の言っている話ならいいけど、一方的に言っている人の話は聞かない方がいいです。

── えっ、あ~、そうなんですか、

ふじた: というのは、極端な報道をすると、報道機関としては何かメリットがあるんですよ。
何がメリットあると思いますか?

── 反対の側の人からお金がもらえるとか?逆か?名前が売れる?

ふじた: そんなのないです。視聴率が取れる。テレビっていうのは何の為にやっているかというと、コマーシャル売る為にやっているんです。コマーシャル売るためだったら、真実かどうかが本当に大事かどうかというと、極端に言えば、売れればいいんですよ。そういう商売なんです、テレビっていうのは。

── そうなんですね、、

ふじた: だから、テレビや報道機関っていうのは、商売でやっているんです。真実の追究の為にやっているのかというと、そうでもない、という事なんです。だから、売れるものを出す、売れるものというのは、皆がなんらかの形で見てくれるもの、視聴率が高いものなんです。だから日本でもそうなんですけど、テレビ局というのは、視聴率が取れるものが一番良いんです。

── なんででしょうか?

ふじた: 視聴率が高いとその番組枠のコマーシャルの値段が高く売れるんです。という事は視聴率の取れるものが、いわば、彼らのとっての正義なんです。そう、考えると、真実で視聴率が取れないものと、真実かどうか分からなくても視聴率が取れるものだったら、自分がテレビ局側だったら、どっちにします?

── 視聴率が取れるもの。

ふじた: でしょ。だから、真実かどうかっていうのは、二の次三の次なんです。

── YouTubeなどで流されてるものなんかもそうなんですかね。

ふじた: あれも、お金にはならないけど、皆がみてくれるっていうのが、動機なんです。

── その人たちは、マスコミに対して批判的な事を言っているんですが、、

ふじた: そう言った方が、皆がこっち向いてくれるんです。

── えっと、では、真実とはなんなんでしょうかねぇ?

ふじた: 真実と言われると、結構、難しいところがあるんです。まず、幾つかに話を分けないといけない。

まず、お金の話で言えば、闇の勢力とよく言うけれども、闇ではないけれでも、いわゆる大資本家がいる、というのは事実です。現実問題として、政治と経済を切り離すことはできないため、大資本家と政治とは、どうしても関連します。そういう人たちが、ある程度マーケットをコントロールする、マーケットを誘導するような事をやっているのは、商売としてやっているんです。

── そこには、言われているような、悪意とかはないんですか?

ふじた: 資本家というのは、何をやっているとっていうと、金儲けなんです。良いか悪いというのは取り敢えず置いておいて、政治と絡んでくると、良いか悪いか、白か黒かじゃないんです。だから、資本家のやることというのは、まず、お金になることをやるんです。それが法的に排除されるような事でなければ、どんどんやります。今のデリバティブの問題なんかもそうです。今の金融不安がおきているというのも、そういう事なんです。それを、闇の勢力と言ってしまうから、ややこしくなるんです。

── それ(世界金融資本と闇の勢力)をくっつけちゃいけないって、いう事なんですね。

ふじた: 闇の勢力という時には、そういう言葉を使うのが好きな人がいるんです。そうではなくて、資本家っていう見方なんです。

── 闇の勢力と言われる人たちは、また別にいるんですか?

ふじた: いないですよ。

── イルミネーションという言われ方もされたりしているようですが。

ふじた: 闇の勢力っていうのは、みんな誤解してるんです。大半は作り話です。でね、さっきみたいな資本家みたいなものを闇の勢力だって、ラベルをはってしまうっていうのが結構いるんです。だから実際には、そうね、僕もある程度政治の世界というのを一回見たことのある人間なんだけども、闇の勢力っているかっていうと、ほとんどいないですよ。ただし、暴力団がいて、暴力団が金を使っている状態で政治を動かしているっているのは、事実存在するんです。そういうのを、闇の勢力という見方をする人たちが、そういう風に言っちゃうの。

── 暴力団、宗教家というのくっつけて闇の勢力という言い方をされていたようなので、恐ろしくなってしまいますよね。

ふじた: ではなくて、暴力団は暴力団として、資本家は資本家としてみればいい。そういう風に個別のことをきちっと見えていれば、何が本当か見えてくるのに、闇の勢力というカバーをかけちゃうと、かえって分かんなくなっちゃう。

── 恐怖心を植えつけるような言い方になりますね、、

ふじた: そう、闇の勢力と言っちゃうと、確実に思考能力が落ちます。ではなくて、資本家は資本家。つまり、資本家は何が動機で動いているか、っていうこと。で、テレビ局はテレビ局。テレビ局は何が動機で動いているのか。そう見ていくと、何でこんなことがおきているのか、見えてくる。
だから物事や大半の組織には、動機があります。金儲けしたいとか。大半、金儲けしたいになっちゃうんだけど、その為の規範みたいなものがあるかって言うと、あくまでも法律の内側で、外がに出ちゃいけないから、内側で金儲けとして使えるものは全部使う、っていうのが基本的なビジネスの考え方なんですよ。
例えば、制限速度50キロのところ、49キロで走っていたら、これは「法律の内側」つまり法律を守っているということです。ところが一方でこれを「法律すれすれ」と言う人がいたりします。それはどっちの表現を使うのか、っていう事なんですよ。起きている事実を正確に見ようとするなら、「法律の内側」。一方で「法律すれすれ」っていう時には、別の意味合いが入っているんです。それは、おまえは悪いやつらだ、みたいな意味合いまでも入ってきてしまうから、自分が正確にものが見れなくなっちゃうんですよ。だから、物事をちゃんと見ようと思ったら、そういう感情的な表現を外して、事実をきちっと見ることが大切。

── ということは、どういうことなんでしょうか。今、YouTubeやブログなどで、自作自演ですよ、水素爆弾を使いましたよ、という内容の記事が出ていますが、、

ふじた: 分かりやすくいうと、愉快犯なんです。

── えっ、愉快犯なんですか、、

ふじた: そういうネタを提供すると、自分の方を向いてくれる。愉快犯なんです。

── え~~~?大げさな愉快犯なんですね。

ふじた: 愉快犯だから、事実であるかどうかではなくて、自分の方に注目してもらえるかどうかが、動機なんですよ。だから、大げさな方が注目してくれるんです。そういうもんです。

── ん~~~?では、ビジネスっていう事ですね。

ふじた: まぁ、ビジネスの場合もあれば、自己満足的愉快犯の場合もあります。要は、そういう情報がお金に繋がっている時というのは、ようく見ていると、単なる金儲け目的っていうのが大半です。

── なるほど、、では、911で使われたのは、水素爆弾ではない、、?

ふじた: 水素爆弾って、使おうと思ったらあんな規模じゃないんです。あんなんじゃなくて、すぐにビルなんてふっとんでしまうから。

── 分かりました。今、金融不安が広がってるじゃないですか、それとこれとは別の問題?

ふじた: それとは全く別問題です。金融不安が広がっているのは、基本的には形の変えたバブルがアメリカでおきてるんです。アメリカの経済はバブル経済なんですね。金融の歴史をちゃんと調べたら分かるんですけれども、バブル経済って人間がいる限り必ずおきるんです。あれは、人間の飽くなき欲望が引き起こしてるんです。つまり石油の話がそうなんだけど、石油が200円位までいっていた時に、僕はブログでは言わなかったんですが、カウンセリングした人に言ったんですけど、どうせ下がるからと。で、今下がってきているでしょう?なんでかというと、石油という物の価値、原価を考えた時に、200円といったら、だいたい原価の10倍以上の値段なんですよ。おかしいんですよ。でも、ここまでいっちゃうというのは、まだ皆石油が上がると思って、投資しちゃうから。だから、これ、バブルなんですよ。で、バブルはいつの時代でもありますよ。だから、特殊な事ではないんです。

── ということは、これがきっかけになって、日本経済がダメになっていくとか、貨幣経済システムそのものが崩壊していくという事は、、

ふじた: 基本的にはこれがきっかけにはならないです。大正の頃に日本でもバブルがあったんですが、それで貨幣経済がダメになったかというと、なっていないですよね。
貨幣経済というのがダメになるかどうかっていうのは、それに変わる何かがあるかどうか。貨幣経済がダメだったら・・・・ でも、経済活動は皆あるわけです。貨幣じゃないもので、ちゃんと貨幣経済の代替ができるかどうか、ということの方が大事なんです。皆がどうするんだろうな~で、答えがないといういう事は、やっぱり貨幣経済を立て直すしかないんです。

── 今の状況を立て直していって、、

ふじた: うん。貨幣経済なんてもうなくなるという人もいるんだけど、ぼくなんて、そんなことを言われたら、「じゃ~、何があるの?」って聞きます。

── ん~、物々交換も無理でしょうね。

ふじた: 物々交換にも戻れない。

── 分かりました。


── インターネットから得た情報で、SARSやAIDSを人工的に開発したものだったり、ハリケーン、台風、地震も人工的に引き起こしていたり、戦争にしても両者を争わせてそれぞれの側について武器を売って一儲けしている、そんな闇の存在があって、それらの最終的な目的が、地球の人口の減らして優秀な人間だけを奴隷化するという事だから、皆さん気づきましょう、と書かかれていたりのするのだけど、、

ふじた: まぁ~書きたい人には、書かせておきましょうっていう感じですよね~。下手な小説よりは面白いよ。

── (笑)一部、事実のようなところがあったりして、不安が大きくなったりもするんですけど、、

ふじた: どこから説明しようかな・・・ まず、戦争に関して言えば、戦争ができる状態とできない状態ってあるんです。戦争ができる状態というのは、相手の国と自分の国の経済がリンクしてなくて、相手が壊滅状態になってもこっちが大丈夫っていう状態で、こういう場合で紛争がおきると戦争になることが多いです。という事は、相手の経済と自分の経済がリンクしていて、相手が壊滅状態になったら、こっちも落ちる時には、戦争やる意味ないですよね。だから、今、ヨーロッパの中では戦争は起きないです。お互いに経済がリンクしちゃってるし。まして、今、ユーロができちゃってるから。例えば、今、フランスがスペインに戦争をしかけたら、ユーロが落ちるんです。自分たちも損をしちゃう、っていう状態では戦争しないです。
戦争ってなんでおきるかっていうと、自分たちが利益を得るために戦争って起きるんです。そう、考えると、戦争できる地域って、先進国同士ではもう、非常に少ないんです。少なくても、先進国間で戦争やると経済的にも人材的にもマイナスになります。戦争も何のための戦争なのかを考えると、今、先進国どうして戦争やったら、お互いに困りますよね。そんなことやるよりは、経済を発展させちゃった方がメリットが大きいんですよ。だから、アメリカなんかは、アメリカと経済がリンクしていない国に対して武力行使をやるんです。戦争とはそういうものですよ。だから、戦争論がちゃんと分かっている人なら、あんなもの書いていたら、「ああ~、しょうがないもの書いてるな」って、分かるんです。
戦争というのは、自国の利益のためなんです。それがない状態で戦争やったら、逆効果なんです。でもね、そこら辺も皆以外に知らないです。

── 知りませんでした~

ふじた: だって、1回戦争やると何十兆円とかかるわけですよ、という事はそれが取り戻せなかったら、困りますよね。そういうものなのです。物流が発達して、情報ネットワークが発達するとお互いの経済がリンクが始まるから、戦争しない方がメリットあるんですよ。そんなもんです。

── でも、領土を広げるために、自分の所有権として持ちたくなるかも。

ふじた: でも、それをやるためには、お互い独立国だと、話し合いでは無理ですよね。小競り合いはやります、インドと中国が昔やっていたように。全面的な戦争をやると、お互いの経済が疲弊するので。ま、そんなもんですよ。だから、戦争というのは自分にメリットがあるかどうか。ようく考えてから、皆始めるんです。メリットがなければ、やらないですよ。人が死んで金を使って、それに見合うメリットがないとやらないですよ。だから、日本人てよく言われているように、平和ボケしているというのは、その辺まで良く考えてみればわかるのに、そういう話にのっかっちゃうんです。

── (笑)のっかてしまうのも、目新しいからかもしれないです、、人工的にSARSやAIDSが作られたというのは、、

ふじた: だから、人工的に作られたと言うのなら、証明してみせろと。病原体といえば、世界中から病原体を集めれば、数限りなくあるんです。で、病原体も進化してるんです。人工的に作るよりは、その辺から探してきた方が、まだ簡単なんです。現実、そんなもんですよ。探してきて、ばら撒くのに、人工的に作った(培養した)というのなら、話は別ですが、人工的に作るよりは探してきた方が安いんです。

── では、言われている地震とかハリケーンとか、台風とかあれも天災?

ふじた: で、天災について言えば、人間の歴史って何年あります?

── 人間の歴史は、6000年くらい、、

ふじた: 地球の歴史は、何十億年ですよね。考えてみれば、地球の歴史に比べて、人間の歴史ってほんの一部なんで、地球の歴史って我々ほとんど知らないんです。だから、例えばハリケーンがきたとして、たかだか100年に1回の規模で大騒ぎするんです。地球の歴史で100年に1回だったら、何百回、何千回とあるんです。だからそんなのがきたら、またそういう人たちが、物語を作るんです。

── では、そういうこをやりたがる愉快犯の人たちが行っている可能性があるとみて、鵜呑みにせずに判断していったらいいんですよね、、基準ってありますか?

ふじた: 基準というのは、以前のインタビューでも話したことがあるんですけど、基本的にだれかに、恐怖を与えるようなやり方をしていたら、疑ってかかったほうが良いです。

── そう、思いながら、見ているつもりなんですが、ひっかかってしまうもんなんですね、、

ふじた: 恐怖を与えるっていうことが、人をコントロールする上では、一番簡単なんです。恐怖を使うと人の思考を停止させることができます。そして、コントロールしやすい状態になります。だから、そういう事を使う。例えば、某宗教法人でやっていたみたいな、足裏診断して、事実かどうかは置いといいて、あなたたちはガンだといって、言われた人たちは不安だから、病院に行く。でも病院に行っても原因が分からない、と不安になって、某宗教法人に行ってしまう、というのは恐怖を使うというのは単純なコントロール方法なんです。

── そういう風に言われたら、気になりますよね。

ふじた: だから、そういう事を使っている人たちは、結構います。

── すごい、多いと思いますね、、ブログだけでも。

ふじた: だから、天災なんかもそうですが、本当のことであれば、恐怖でなくて事実を与えるのが大事なんです。で、事実を与えるっていうのは、「じゃ、どうすればいいか」という対応策にを与えればいいんです。対応策なら、頭が回るんですよ。人間って、不思議なもので、恐怖を与えると、思考が停止してしまうんです。だから、大事なのは、事実をきちっと提示して、「どうしましょうか」とやっているところは、まっとうなんです。恐怖を与えて、人間を止まらせるっていうところは、まっというなところではないですよ。

── 選べなくてなってしまう状況になっているという事ですよね。

ふじた: 相手のことを本当に思ってやっていれば、行動とか選択をとれる状況をつくってやることなんです。相手のことをコントロールしようと思う場合は、それをやっちゃダメ。恐怖を与えて、止めちゃう、こっちのいう事をきかせる、という状態にするのが、一番楽なの。

── これが真実です、といいながら、そういう事をやっているところはたくさんあると。

ふじた: やっているところは、沢山あります。

【アセンションに向けて】

── アセンションにむけて、日月神示などでも言われている四足の動物の肉を食べないようにしましょう、という説明で、YouTubeなどで、実際の動物のと殺の映像を出して、事実を伝え動物を食べるという事を人々にその意味を喚起させているものもあるのですが、その映像をみて人間の行為に恐怖を覚えたのですが、そういう場合は、今いったような恐怖とは違いますよね。

ふじた: 昔の農家であれば、鶏を飼っていて、鶏の肉を食べるときには自分で絞めたの。だから、生きているものを絞めた、といおうのを分かって食べていた。だから、スーパーのパックになると、それが分からなくなってします。

── お魚もそうですよね、、

ふじた: スーパーのパックもも良し悪しの問題で、命の大切さが分かっていて牛肉食べているのか、パックの切り身で牛肉食べているのか、っていう違いがあります。そのパックの切り身の方が経済的に発達しちゃったんで、我々が動物を絞めて食べているというのを忘れちゃっている。そこは、やっぱり、知る必要があります。脅す必要はないですけど。

── 実際、四足のものをとるというのは、

ふじた: 命をひとつ頂いているという事を知ることが大事なんです。

── それでは、それを食べないようにしましょう、というのはどうなんでしょうか。

ふじた: 僕は積極的には言ってないです。ある程度、自分のスピリチュアル的なエネルギーレベルが上がってきちゃうと、牛肉食べなくなっていくんです。

── お魚とかは。

ふじた: お魚もだんだん減ってくるんです。

── 卵とか乳製品とかは。

ふじた: 乳製品とかは、毎日取れるものでもあるから、まだ、そんなに抵抗感ないですけどね。だから、自分のエネルギーレベルが上がってくると、自然とそうなっちゃう。止めましょう、って言わなくても、僕なんて、最近、スーパーに入って、肉売り場に行くと、赤いゴムが並んでるな~という感じです。そういった意味でいくと、止めましょうと言わなくても、だんだん皆食べなくなっちゃうんです。

── では、その人にあった波動エネルギーレベルのものを自然にとるようになるので、あえて止めましょうと言わなくてもいい?

ふじた: 「止めたほうがいいですよ」、とアドバイス的には伝えた方がいいですね。その方が早く気がつくから。でも強制させるもんじゃないです。
たとえば、北極圏に住んでいる人はどうするか?ということもあります今は昔ほどでもないですが、アザラシの肉しか主たる食料がないのにアザラシ食べるな、と言っても命の問題にもなってくる。全てのところにあてはまるって訳ではないけども、生き物の命を頂いている肉食は減らしていった方がいいという事です。

── それは、アセンションに向けてという事ですか。

ふじた: 基本的にという事です。

── 基本的に、体の為にという事ですね。

ふじた: そうです。アセンションも、僕の場合、基本的にあれこれ言わないです。

── アセンションというと、2012年の、、

ふじた: 2012年の冬至のことです。アセンションも起きるか、起きないかでいくと皆が期待しているようなことは起きません。

── 皆さん、どのような事を期待されているのですか?

ふじた: 次元上昇とか、

── あ、、第三密度から第四密度へ移行するとか、

ふじた: あと、霊的な能力があがるとか。あと、新しい時代がくるとか、西洋系だと、本当に世紀末を期待しているとことかあるから、自分たち、虐げられた民族が解放されるとか、っていう事は、起きないんですよ。なんていうか、次元上昇もしないです。ま、某元経営コンサルタントの人が書いている次元上昇の本もあるけれども、次元上昇しないですよ。だって、今我々が住んでいる次元って、何次元だと思います?

── 三次元?

ふじた: え~、理論物理学では10次元とか11次元とか言われてます。

── へぇ~そうなんだ。

ふじた: だから、元の次元がそれだけあるのに、あげてどうする? 上げるんじゃなくて、自分たちがフォーカスしている次元レベルが三次元だけじゃなくて、それより上の次元レベルがフォーカスできるようになる、という事なんです。分かりやすい言い方をすると、イエス・キリストはそれができていたんです。

── そこに意識がいくってことですか?

ふじた: 分かり易く言えば、見える、意識がいくことができるということ。イエス・キリストも仏陀もそういう事ができていたんです。

── あ~、じゃ、そういうことが出来易くなるという事ですね。

ふじた: だから、我々が今、認識している三次元プラス時間以外の次元の事も、だんだん認識できるようになる。それが、アセンションという事なんです。

── それって、フォトンベルトとか太陽の電磁波によって、人間のDNAやしょうかすいたいが活性化するとか、そういう事も、、

ふじた: 僕はそういう事は全て忘れました。そんな事言っていても、出版社が喜ぶだけなんで。

── なるほど。

ふじた: なにが原因かはともかく、自分たちが認識している次元だけではないんだ、他にも別の次元があるという事を認識するのが大事。だから、一時、僕も勉強会をやっていたけど、今はヒーリング一本に絞ってます。ヒーリングをやると、人間て肉体だけじゃない、っていうのを実感として分かるんですよ。つまり、我々が見えている次元の他に見えていない次元もあると実感として、理解できるようになるんで、だから、今、そっちをやっています。それをやっていくと、肉体のエネルギーレベルがだんだん上がっていくので、だんだん、肉とか減ってきちゃうんです。コーヒーもだんだん飲めなくなっちゃうんです。

── という事は、霊的なものが活性化されていくと、、

ふじた: というのもあまり期待しない方がいいです。だいたい人の能力というのは正規分布みた

いに、能力のない人からある人までいて、その全体が上がるわけで、自分だけが上がるんじゃないんです。2012年・2013年でいきなり皆が認識するものではなくて、変化点がそこにあるだけで、時代がどんどん動いていく。一番大きな変化のポイントが2013年だというだけです。
よくあるのが、アセンションに、時代の変革、鋭角的な変化を期待するんです。
でも、実際には、ずっと以前からじわじわと変化が起きていて2013年あたり変化のスピードが大きくなるということなんです。この辺の話を聞かれた時には、「20世紀と21世紀で随分かわりましたよね」、っていうんです。生活の部分ではずいぶん変化しています。じゃ、どの時点で変わったかと言われたら困るけど、振り返ってみると20世紀と21世紀とでは随分違う。っていうような事が、2013年の時にも起きるということです。

── 産業革命が起きたときのような感じ?

ふじた: そうですね。あれも何十年もかかってるんです。だから、最初の瞬間だけみえれば、なんか初歩的な蒸気機関ができたというだけだけど、振り返ってみると、その後の何十年の時間で変化してきたことが見えてくるようなそういう変化なんです。

── それが人間の体や意識の方に出てくるということなんですか。

ふじた: そういうことなんです。だから、鋭角的な変化を求めている人からしますと、2013年になるとがっかりします。

── あと、またインターネットからの情報なんですけど、ごく近いうちにUFOの存在が解禁になるよ、というお知らせがあったそうなんですけど、、どうなんでしょうか?

ふじた: あれも見れる人、見えない人がいるのと、縁のある人縁のない人がいるので、、

── 期待しない方がいいですか?

ふじた: 皆が見れるものではないです。あんまり、期待しない方がいいです。

── 見れる人と見れない人との違いは?

ふじた: 言ってみれば、縁の問題で。例えば、自分の好きな食べたい料理ってあるわけじゃないですか、食べたくない料理もあるわけですよね、それと同じです。普段の自分の生活であれば、好きなものと嫌いなものと、その間の中間っていろいろありますよね。スピリチュアルな世界の情報になるとおかしなもので、いきなり、好きなものか、嫌いなものかしかなくなって、その中間がなくなるんです。好きか嫌いかの両極に皆よくいくんです。両極じゃなくて、UFO見える人もいて、見えない人もいて、たまに見える人もいて、いろんな段階がある。
一般の情報であれば幅があるのに、なぜかこっちの話になると、両極になる人がすごく多いんです。で、なんで両極になるか、っていうとそれは、マスコミ誘導。「UFO来た!」と、やったら、テレビ番組的には視聴率取れるんです。それを、UFOというのは、見える人もいて、見えない人もいて、その中間の人もいっぱいいます、ってやると視聴率下がるんです。本だったら、本が売れなくなるんです。だから、両極の話にしてしまった方が、逆に、お金になるんです。だから、その情報だけ見てるから、「UFOっているんですか、いないんですか」「おばけっているんですか、いないんですか」「アセンションってあるんですか、ないんですか」と、その両極に反応しちゃうんですよ。その中間もたくさんあるんです。一般的にメディアの情報ばかりを見ていると、両極端に行きやすいです。

── では、個人でやっているブログなども、ある程度は何かを目的にして操作している場合もあるっていう事ですよね、、

ふじた: それが良い目的かどうかってなると、やっぱり同じなんです。金儲けなのか、愉快犯なのか、注目犯なのか。両極の話ばかり言っているような人は要注意です。僕もUFOは何回か見たこともあります。写真も取れたこともあります。「でも、それはそれで、まぁ、いいや。以上。」、で終わってるんです。「まっ、あるんだな」、と。あるもんだったら、あってもいいんじゃない?僕は中間にいるんですよ。UFOがいるっていう人といないっていう人がいたら、どっちも本当だよね、と。その中間に立てるかどうか、大事です。中間に立つという事は、両方の意見をちゃんと同等に見れるかどうか。そっちの方が大事です。「UFOがいるのか、いないのか」、「闇の勢力がいるのか、いないのか」、という時に、僕はいつも中間で見ています。それが、一番物事が良く見えるポジションなんです。

── なるほど、わかりました。話は変わりますが、911に関して、ふじたさんはどういう風にお考えですか?

ふじた: それは基本的に、(911という一種の)戦争という問題を取り上げた時に、戦争というのは仕掛ける側と仕掛けられる側がいるんです。自分が戦争を始めたというのが顕わになると、外交面では不利になりやすいです。だから、これは日本の戦国時代でも同じです。日本国内の小さい国と国が戦争する訳ですよね。仕掛ける側は、「自分たちが仕掛けたのではなくて、あっちから仕掛けてきたんだ」「しょうがないから自分たちが出ていったんだ」と、いう立場の方が他国との交渉が有利になるんです。だから、戦争っていうのは、基本的には、自分たちが仕掛けたんだけど、仕掛けたのが分からないようにするのが基本なんです。そこら辺を知っている人は少ないです。だから、第二次大戦の真珠湾攻撃というのはアメリカが仕組んでいるんです。アメリカが後ろから糸を引いて、日本に攻撃させるように仕向けているというのがあるから、真犯人はアメリカなんです。つまり、アメリカって、そういう事をやる国なんだという認識が必要。で、911に関しても、実は、そういう要素はかなり見つかっているのは事実です。

── 多少、自分のところに犠牲があっても、、

ふじた: そうです。

── それは、誰が考えているんですか?

ふじた: 基本的に誰かひとり考えているっていうのではなくて、政治なんで、日本で言うと、派閥と派閥の力の引き合いの中から出てくる。だから、誰が考えているのではなくて、派閥関係の綱の引き合いの中から出てくるんですよ。だから、真犯人を探そうとすればするほど分からなくなる。だから、911に関して言えば、政治的要素が多分にあります。

── アメリカ自国の政治的な要素ですか?

ふじた: うん、そう。それと、軍の関係の中から生まれてきている。

アメリカの自作自演の部分もあるけれども、向こうからのいろんな意味での政治的な要素を引っ張りこみたい、という要素からも入ってきているから、調べるといろんな事でてきますよ。部分的な要素だけとって話した方が面白くなる。きちっと、力関係から出てくるんだという話よりも、アラブの金持ちが引っ張った、という話の方が面白いですよ。だから、世の中、そんなにシンプルに誰かが、何かを牛耳った状態ではないです。そこら辺はきちんと話をしていくと、話が複雑になるんです。そうすると、皆飽きるんです。

── (笑)センセーショナルなくらいに話を盛り上げた方が皆注目するし、少しだけ真実に触れられた方が面白みもあるという事ですかね。

ふじた: うん、そうなんですよ。

── 次は、アメリカの大統領選挙が近づいていて、おそらくオバマが、、

ふじた: まだ、オバマとは分かりませんよ。選挙って、最後までいってみないと分からないですからね。っていうのは、まだ、いろんな人がいろんな思惑で動いているわけだから、、

── そうですね、、

ふじた: もしかしたら、オバマのいろんな汚点が見つかって、最後にひっくり返る可能性がある、、
だから、いろんな人がいろんな思惑で動いている時っていうのは、一発逆転が出る事があるんです。
小泉さんが出てきたのも、政治的にみると、一発逆転なんですよ。他の人たちがもみ合っている間に、ポンと出てきた状態だから。だから、それを謀略論に結びつけるのは簡単なんだけども、現実、謀略論だけで簡単に世の中が動いていくんだったら、動かしてみろと。

── 謀略論ですか、、(笑)分かりました。中立の立場でみていく、という事なんですね。

ふじた: そんな事(謀略論)を言うなら、それで自分で世界を動かしてみろと。世界を動かせないから、そういう謀略論を言っているんです。本当に世界を動かしている人は、そんな事を言っている暇はないです。

── いろんな事に結びつけて、言われているので、、(笑)

ふじた: まぁ、言いたい人には言わせておけばいいのです。下手な小説よりは、面白いです。

【分霊・分け御霊】

── まだ、お時間大丈夫ですか、えっと、話は変わるんですが、様々な過去世を転生してきて、魂が分霊する(わけみたま)という言われ方もしますが、あれはどういう風に考えたらいいですかね。

ひとつの魂からひとりに生まれ変わってきている場合と、ひとつの魂が何人もの方に分霊になって生まれ変わってきている場合ですが、、

ふじた: う~ん、あれはね、、元はひとつと考えたらいいです。

── 元はひとつで、幾つかに分けられていった感じですね。じゃ、薄まるって感じもあるんですか?

ふじた: 薄まる感じはないです。分け御霊というのは、聖書だと神に似せて作ったというし、日本の神道だと分け御霊という言い方をするし。薄まることはないです。なぜなら、物質じゃないから。

── じゃ、その魂は、分け御霊として5人の人、100の人にいきました、という事はあるんですか?

ふじた: あります。

── その分け御霊の人たちは、同じグループというか、同じ過去世を共有しているという事ですか?

ふじた: そうとも、限らないです。グループっていった時には、そこら辺は誤解がおきやすいんで、同じ根源の御霊が分かれていったときに、グループがあるわけですが、それはグループっていうよりも色っていった方がいいです。赤いグループと青いグループとかという色があって、赤いグループの人と青いグループの人が結びつくことがあります。

── 全部が結びついているというイメージがあったのですが、

ふじた: 元は一緒です。

── (同じわけ御霊をもって、)今生で生まれ変わってきても、全く会わない人どおしもいるんですよね。

ふじた: います。

── 気づく時には、同じ色(グループ)をもっているから、気づくという事?

ふじた: そうとは限らない。

── えっ、そうなんですか。では、知る必要がないという事なんですか。

ふじた: 知る必要がないと思っても、知らされる時もあるし、知りたいと思っても知らされない時もあるし、、

── えっ、誰が決めるんですか?

ふじた: 自分で決めます。

── 自分で決めてるんですか、、(笑)

ふじた: 自分の過去世を知らない方が良いという人は確実に存在します。例えば、世の中に神という存在があるのも知らないほうが良いという人も確実に存在します。で、神様不要、という方が生きやすい人も確実にいます。そういう人にとっては、別にどうでも良いことなんですよ。そういう人たちは、僕らのことをみて、オカルトと、言っちゃうんですよ。でも、それはそれでいいんです。その人たちにとっては必要がないものだから。今の人生の中で、必要のある事は知ることができます。人生の中で必要のないものまで知っても余計なものになるだけ。

── そうですね。では、日本の神の分け御霊とこの分霊というのは同じなんですか。

ふじた: 国とか文化によって表現はそれぞれ違うけど、基本は同じ。皆、人間神様だから。人間と神様別なんじゃないんですよ。

── 、、でも、神様見たことないから、、

ふじた: 分かりやすい例で言えば、明治天皇をみたらいいですよ。人間やってて、向こうへ行って神様やってる。存在としては、同じ存在。だから、生身でいるうちは人間なんですよ。生身をやめて中間の存在(中間世)というのがあって、そこからまた上に戻っていくと、神様になるんですよ。

── 人間誰しもが、生身の肉体から中間層を通って、神様になれるってことなんですね。それって、転生のこと?

ふじた: 生身の体から神にいくのも、神の存在から生身の体にいくのも、どちらも転生。

── じゃ、こういう神様になりたい、って思ったらそれになれるの?

ふじた: 時間はかかると思いますけどね。

── じゃ、自分で決めることができるんだ。

ふじた: ある程度、できます。ただ、大事なのは、人間で見える範囲と中間世で見える範囲と神様で見える範囲とはだいぶ違うんです。人間で想像したことが神の方からみたら、的外れということがあります。そういった時には、そっちにはなれないです。

── 神の方が、見え方が強いという事ですか。

ふじた: いや、広いという事です。いろんな事が見えてるっていう事なんです。分かりやすい例でいうと、人間金持ちになりたいと思うけど、金持ちになりたい人少ないですよね。つまり、金持ちになるという事が今回の人生のテーマじゃないという人が多いんです。でも、金持ちになりたい人が多いと、上の次元から見れば、金なんて関係ないじゃん、ということなんです。

── どの次元(人、中間世、神)にも、同時に自分がいると考えた方がいいんですよね。

ふじた: 基本的にはいます。基本的にはいるんだけど、(人間は)あまり向こうが見えない状態。地球にいるうちは。

── 見せて欲しい時はどうしたらいいですか?

ふじた: あまり見えないです。

── (笑)あまり見えないの~

ふじた: あんまり見えない状態を作るのが地球の意味合い。全知全能じゃない自分を体験するのが地球なので、逆に見えちゃうと困る。学びにならない。

── なるほど、上に自分がいるよ、というのを味わいながら、下で生きていくという事なんですね。

今生のテーマも自分で決めてうまれてくるの? 

ふじた: そうです。決めるのは、上の自分ですよ。

── 自分で、今度は何しようかな?どんなテーマにしようかって、いうのを決めてきてる?

ふじた: 今の生身の人間が決めてきてるんだけども、決めたときは生身の人間じゃない自分。そういう違いはある。

── 面白いですね。じゃ、上で自分で決めてきたことを放棄する生き方もあるじゃないですか、例えば自殺とか、そういう場合は、上へ戻るのに時間がかかるのでしょうか。

ふじた: 人によります。そこら辺は、中間世にもどって、もう一回やり直し、というのが多いです。戻ってくるまでの時間が何年あるかは、ケースバイケースです。向こういくと時間がないんで。向こうにいくと1年と10年と100年は同じなんです。

── すごい、面白い。じゃ、点の世界ですね。

ふじた: ま、点と線の世界といった方がいいです。

── 男も女もないですよね。

ふじた: うんと、男的なエネルギー、女的なエネルギーというのはありますが、肉体的な性別はないです。

── この神が分け御霊として、分かれていくという事ですよねー。

ふじた: たとえば、同じ過去世をもった人が三人でてきたとしても不思議はないです。あんまり多いと面倒くさいんで、あんまり分けたりはしないんです。

── 人にはたくさんの過去世があって、今、その人にとって、必要な過去世しかでてこないという事ですよね。

ふじた: そうです。それ以外、余計な過去世を聞いても、ふ~んで終わっちゃうんで。
あまり、聞いたことに意味合いがない。だから、たまにテレビの番組でやっている、「あなたの過去世はゾウリムシでした」みたいなのは、単なるお笑いのネタなんです。今の自分に必要のない過去世を聞くと、単なるネタになっちゃうんですよ。

── 自分(生身の体)から見える神(自分⇒中間世⇒神 方向の神)は、ひとりじゃないですよね?

ふじた: 基本的に、自分系統の神はひとり。他にも神はいるけど、自分系統はひとりです。ひとりに見えるようにできているんです。でないと、面倒くさいから。

── 上(神)はひとりだけど、下(自分)は、何人にも分け御霊ができる?

ふじた: それを説明すると、上に霊界があって(色々な階層がある)。三段跳びに神にいけるかというといろんな階層がある。

-------------------
存在界   名前すらない高次世界
-------------------
神仏界   神様、仏様などの世界
-------------------
霊界    死後の世界
-------------------
人間界   我々が住んでいる世界
-------------------

── 階層を決めてるのは、おおもとの神がいるんですか?

ふじた: う~ん、おおもとの神というか、おおもとの神はひとつなんです。そこから決めてる。

── ひとつの神というのが、宇宙ですか。

ふじた: 宇宙の根源です。

── ふ~ん、勝手に、好きには上にはあがれないんですね。

ふじた: 下るのは比較的簡単なんですけどね。

── (笑)それを決める基準になるのは、波動なんですか?

ふじた: う~ん、学びって言い方をする人もいる。僕はあんまり、学びと言わずに課題という言い方をします。

── 課題というと、何か厳しいですね。

ふじた: う~ん、自分が決めて下りていくから。課題っていう言い方をします。

── ふ~ん、じゃ、それを持ち帰ったら、OKになるの?

ふじた: う~ん、単純に言えばそういう事になります。

── その決めた課題も下に入る時は気づかないんですよね。

ふじた: じゃないと、課題じゃなくなる。下に入る時は、全知全能のじゃないんで。
一回忘れないと、もしかしたら、同じ事が十回目かもしれない、これまで九回失敗してるかもしれない、九回失敗してるのを思い出したら、ややこしいですよね。ややこしくならないようにしてあるんです。野球の試合と同じですよね、10連敗してもここで1勝したら1勝ですよね。これ、全部足しちゃったら、負けになっちゃうんですよ。やり直しできなくなるんです。全部覚えてると。

── 何度でもやり直しができる?

ふじた: できる。忘れる、というのが大事なんですね。

── 難しいですね、、

ふじた: ま、簡単ではないです。というのは、我々が生きている生身のこの感覚だけで、理解できることではない。この感覚で理解しようとすると難しくなる。だから、僕の場合、神社あちこち回っていくことで教えられた、という感じはします。

── その感覚は誰にでもあるんですか?

ふじた: 基本的に誰にでもあるんだけども、今回の課題ではない人もいます。課題として、きちっと設定されてきている人は、結局、思い出す方にいきます。

── いろいろと、レムリアとかプレアデスとか、違う星からやってきた、とか思い出している人たちもいるようですが、それも過去世を思い出す課題ということでしょうか。

ふじた: う~ん、思い出すっといった方がいいです。

── ありがとうございました。

ふじた: ありがとうございました。

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スピリチュアル・インタビュー (05)

日時:2008年9月18日13:00~14:00
インタビュー&タイプ: せんむ
インタビュアーBlog: 専務ノート http://senmunote.cocolog-nifty.com/blog/
編集:ふじた


■日本の政治について

―:政治に関する質問ってまずいですか?

ふじた:内容にもよります。

―:自民党の総裁選が近々あると思うのですが、まぁそのあと総選挙でどっちが勝つかは分からないですけど、そもそも政治っていうものはどういうものなんでしょうか?

ふじた:一番人間らしい世界です。

―:どろどろ?

ふじた:どろどろっていうんじゃなくって、人間の欲望も出てくるし、綺麗な心も出てくるし、すべてがそこに集まってるんです。

―:今度の総裁選で日本の政治は変わりますかね?

ふじた:…変わりません!

―:変わりませんって…、あのぉ、夢のない話で終わってしまいそうなんですが。

ふじた:というか、世論調査の結果見てれば分かりますよね。

―:んー、あんまり変わってないですよね。

ふじた:何も変わり様がないっていう状態。今一番人気がある人は、財政出動型だから。

―:いわゆるばら撒き派ですよね。

ふじた:そう。つまり、変わりたくないんですよ、みんな。国民そのものは、本当は。

―:それは、自分達さえ良ければという感覚があるせいなのかなって思うのですが?

ふじた:というよりは、自分の後の世代ということまで考えてないから。今をなんとかしてくれ、ということを考えてる。

―:なるほど。そこを変えるカギというのはあるんですかね。その政治を変えるカギみたいなものが。政治が変われば、ある意味すごくトータルに変わっていくのかなということを思うんですけれども?

ふじた:政治を変えようとするから、政治が変わらないの。

―:変わらない?んー、難しいです。

ふじた:以前、政治の世界に少し関わっていたから良く分かるんだけれども、政治が変わろうと思ったらば、日本人の意識が変わらないといけない。

―:全体的に?

ふじた:全体的に。つまり…100%みんなが変わらなくても良いんだけれども、少なくとも過半数の人の意識が変わらないと、政治は変わらないです。

―:意識が変わるためには、なんとなく私は、広い意味の教育が必要なのかなという気がするんですけれども…そうではなくて?

ふじた:ただ、教育に期待をしようとしたときに何年かかるかです。

―:かなり長いですよね、スパンとしては。10年20年以上の話ですよね。

ふじた:そこまで待ちますか?

―:うーん、早いほうが良いですよね、それはやっぱりね。

■官僚機構について

ふじた:なおかつ、官僚機構っていうのは、今までの方針を継続しようという体質なんです。

―:前例主義みないな。

ふじた:中国の昔の官僚組織から日本の官僚組織まで、基本的にはおんなじです。なんでそうなるかというと、官僚組織っていうのは、政治が決めたことを粛々と実行する組織であって、何かその自分達で生み出すっていうことは主眼じゃないんですよ。だから、あまりその余計なことを考えずに粛々とやってくれる組織が、官僚組織としては一番ベストなんです。

―:官僚組織というと、色んな、ね、問題が、まぁ昔で言うところの官官接待とか、税金の無駄遣いとか、まぁ最近良くなっているのかもしれないですけど、そういうあまり宜しくない部分がクローズアップされがちじゃないですか。

ふじた:なんでそうなるか分かります?

―:んー、…縦割り組織だからとかですか?

ふじた:それは昔からそうです。つまり、高度成長をしてれば、そういった問題があってもみんな気にならないんですよ。だから、今起きてる問題は、実は今起きてるのではなくって、昔から根っこはあるんですよ。で、高度成長してれば、経済発展でかき消されちゃってたわけです。で、その高度成長がなくなったから、いまこういう問題がボロボロ出てきているということ。たとえば、お米(汚染米)の問題にしても、昔からあるんですよ、あの問題は。

―:あっ、そうなんですか!?

ふじた:で、食品偽装にしても、昔からみんな知ってるんですよ、現場の人たちは。でも高度成長という時代の空気の中では、経済成長のほうにみんな意識が行くから、そういうことが顕わになったとしてもそんなに注目されない。そういうふうに時代が変わっていった。で、50年間経済成長が続くっていうことそのものが世界的にみても珍しいんです。だから珍しい時代だったんですよ、戦後50年という時代が。

―:はい。

ふじた:で、いま普通の時代にまた変わったんだけれども、その珍しい時代の色んなものがジャストフィットした状態のままだから、おかしくなってる。

―:時代が変わったので、じゃあそれに対応するために色んなところが変わって…

ふじた:いかないと、本来はいけない。

―:なんだけれども、でもなかなか変われないのは、やっぱり昔のままが良いやっていう…

ふじた:その昔のままっていうのは、高度成長時代ですよ、ということ。つまり、その昔高度成長で良い思いをみんなしてるので、そのときの思いがあるもんだから、財政出動等で経済活性化っていう夢を持ってしまうんですよ。

―:なんか古き良き時代を思い出してるような感じですね。

ふじた:というか、新しいやり方をみんな知らない。たとえば、新しい時代に適応したビジネスの進め方を勉強する間もなく、ここまで来ている人たちが多いです。

―:それって、やっぱり勉強してこないといけないんじゃないですか?

ふじた:勉強してなくても、なんとか生き残っていられる会社が多いんで…。となれば、昔の夢を追い求めてしまう…。

―:普通の会社でもなかなか変われないんじゃ、政治の世界はもっと変わらないですよ。でも、変わってもらいたいなっていう…。

ふじた:変わってもらいって思うんじゃ駄目なんですよ。自分が意識を変えていかないと。ひとりひとりの意識が変わらないと無理です。

■中国の官僚機構との比較

ふじた:日本の場合は、中国とちょっと比較してみると分かりやすいんですよ。政治といったものに対しては。中国は国民が政治を信頼してるかというと、基本的に信頼してないんです。だから、華僑のネットワークが出来て、海外に資産を置いておく。で、日本の場合は幸か不幸か、いわゆるお上っていうのは比較的信頼ができるものであったという時代が長い。江戸時代がまさにそういう時代ですよ。

―:そうですよね、260年間近く続きました。

ふじた:なもんで、日本人は上に対して、要求をするという癖がついてるんですよ。

―:なになにしてください、して欲しいとか。

ふじた:だから、世の中を動かしてるのは上の人間だ、っていう意識が強いんですよ。だから、自分が変わらなくても変われると。

―:お上任せっていう。

ふじた:そうなっちゃうわけです。

―:自分達が何かをこう創っていったり、変えていったりっていう意識はあんまり…

ふじた:ありませんね。

―:ひとりひとりの目覚めを期待するしかない、と?

ふじた:基本はそこです。だから、政治に変わって欲しい、変わって欲しいっていう人が多いんですけれども、それで何が変わるのかと。

―:…あぁそっか、今やっと分かった。自分がどっかに行ってるわけですよね。他に対してあれこれして欲しいって言ってる段階で。

ふじた:うん、「自分が何をするか」でしかないんです。

―:その発想の転換、まぁコペルニクス的転回じゃないですけれども、大事ですよね。

ふじた:大事です。

―:どうなんですかね、往々にして自分がどこかに行っちゃってるときって多いけれども、やっぱりそういう発想の転換みたいなものっていうのをあんまり意識するのって少ないと思うんですよね。ニュースとかだって一方的に聞いてるだけで、誰々さんが悪いことしましたって流されたときに、あいつはけしからん奴だって言う人も、じゃあ自分はどうなんだろうっていうふうに振り返ってみることってたぶんあまりないですか。まぁ、政治の場面でも、そういう形でひとりひとりが問われてるわけですよね。

■政党政治について

―:ちょっとだけ話が変わるんですが、自民党と民主党ってあんまり政策が違わないですよね。アメリカは、共和党と民主党で基本的に政策が違うじゃないですか。日本の場合、二大政党制を実現するといっても、自民党と民主党の政策が似たりよったりだったら、あまり意味がないように…

ふじた:なんでそうなるか、っていうのを考えたほうが良いですよ。もともと自民党に政策ポリシーはないんです。だからその、自民党が目指していたのは、政策政党ではなくって政権政党なんです。あくまでも政権をとる政党っていうスタンスなんです。だから、ずーっと自民党の歴史を調べると、ポリシーないんですよ。コロコロ変わります。それは何のためにかっていうと、政権を維持するため。

―:なんか、ある意味もうちょっと潔くあって良いんじゃないのっていうところがあるんですけれども。そこが最終目標だったら、そのために手段を選ばないですよね。

ふじた:で、民主党の母体を辿って行くと社会党ですが。社会党は反政権政党であり続けたいんですよ。政権政党に対する対抗勢力。だから、こっちもポリシーないんですよ。

―:同じ体質ですよね。中身がないとまでは言わないけれども…。

ふじた:見た目は違うけど、中身は同じなんですよ。

―:形から入っちゃってるってことなんですかね。

ふじた:まぁ政権とってるか、とってないかという立場の違いだけで。

―:でも本来は政策から入らないといけないですよね。自民党の政策はこうで、我々の政策はこうで、こっちのほうがより国民のためになるんだっていう…うーん。

ふじた:でも、政策政党が本当に正しいのか?と。アメリカってわりと政策と政党って繋がってるじゃないですか。ところが、現実問題としてみてみると、じゃあアメリカの民主党の政策、みんなが全て賛成してるわけじゃないんです。これは良いけと、これは反対だというのがあるんで、政策政党が本当に良いのかって言ったときに、アメリカの政治はね、わりと美化されすぎなんですよ。現実問題としては、二種類しか選択肢がないんですよ、国民にとって。それが本当に良いのかどうかっていうのは、結構それは議論があるんです。

―:二大政党制が日本にとって本当に良いのかどうか…。

ふじた:だから、二大政党制を民主党はつくりたいと、政権をとるって言ってるんであれば、あくまでも政権をとる政党に固執したほうが良いんです。ただし、それが国民の為になるかどうかは、また別。

―:自民党が政権をとるというスタンスなんだから、自分たちも政権をとるんだっていうスタンスが要りますよね。

ふじた:で、現実的には世の中の報道を見てると、どっちも政策一緒じゃない?ていうふうになってる。もともと立場が違ってただけで、やってることが一緒だからそうなるんですよ。そうすると、よほど政権をとりたいんであれば、本気になってくると日本にとって必要な政策がこれだっていうのが似通っちゃうんですよ。

―:悩ましいですね…。

ふじた:悩ましいです。だから自民党も民主党も似てる状態になってきちゃうんです。政権をとるために政党っていう考え方をやるから似通ってくるんですよ。

―:うーん…。

ふじた:いま起きてるのがそういう状態です。

―:悩ましいですねぇ。

ふじた:だから二大政党制が本当に良いのかっていうと、議論があるんです。ただし、その今の膠着した状態を変えるには何らかの政権交代、もしくはそれに近いことがないと非常に難しいのも事実です。だから小沢さんが大連立…

―:自民党と民主党の大連立ですよね。

ふじた:を考えたのは、その政治の現実を見れば、確かのそれは選択肢のひとつなんです。ただ、それをやると今度は対抗勢力がなくなって、どうなるのか?っていう問題もあるので…

―:ありますよね、それは。

ふじた:ただし、その、政界再編のひとつのきっかけとして小沢さんは考えてるはずなんですよ。だから、その考え方で行くんだったら、またそれもありだなと。

―:複雑ですよね。

ふじた:だから、その、アメリカみたいに政策政党っていう考え方が本当に日本で通用するのか、と考えたときに小沢さんはそれは無理だというふうに考えたと思うんですよ、いまの時点では無理だと。将来的には、まぁ別としても。だから小沢さんが大連立考えたときにおもいきり周りから叩かれてる。

―:叩かれましたね。

ふじた:でもね、考え方としては基本的には間違いではないと思います。

―:言ってることは理解できると。んー、でも(スピリチュアル・インタビューで)政治の話をしちゃって良いんですかね?

ふじた:そんなときもあります。

―:まぁ…時期的にはありですよね。

■サブプライム問題について

―:あともうひとつ、ニュース的な話題で言うと、アメリカでサブプライム問題がどんどん世界的に波及して、つい最近、大手証券会社が経営破綻したり、巨大保険会社が救済されたり、まぁそういう問題がいっぱい起こってるじゃないですか。過去日本でも、失われた10年とか15年とか、不良債権の問題がありましたけど、いわゆるバブルって繰り返されるものなのかなぁと。アメリカみたいな資本主義大国が、まぁ、だからこそなのかもしれないですけども、歴史は繰り返されるんだなぁと。人間の歴史そのものにも言えますけど。

ふじた:簡単に言うと、お金でお金を儲けようとするから起きるんです。物でお金儲けしてたらバブルって起きないですよ。

―:実体経済かどうかってことですか?

ふじた:お金を使ってお金を儲けるってことをやる限りは、バブル的な要素は起きるんです、どうやっても。実体経済でたとえば大根1本100円ってやつを1万円で買う人はいないんです。ただ、これが大根が債権化されて実体から離れると話は違ってくるんです。

―:その感覚の乖離っていうのは怖いですよね。金融の、別に金融をやってる人を責めてるわけじゃないですよ、でのそのインテグリティのなさは…

ふじた:いや、でもね、そういう立場にもし自分が立ったらそれはやりますよ。

―:トレーダーみたいな立場になったら?

ふじた:つまり、お金を使ってお金を儲けるというビジネスに入る限りは、実体との乖離があるかどうかは、二の次、三の次なんですよ。自分がどんだけ儲かってるか。になるから、乖離があるかどうかってことは関係なくなるんですよ、お金とお金の勝負だから。だから、バブル的なことが起きる要素はどうしてもそこにあるんです。

―:たぶんそういうのが好きな人と、どうかなって思う人はいるんでしょうね。

ふじた:だから、デイトレに嵌れる人と嵌れない人みたいなもんです。デイトレの世界も実体経済がどうかじゃなくって、株の動きとか、債券の動きの鞘をとっていく話だから。

―:アービトラージですね。

ふじた:だから、鞘が大きければ大きいほど嬉しいわけですよ。で、鞘が大きいって言ってること自体、実体とのズレが大きいってことなんです。だから、物々交換だったらバブルは起きようがなんです。実体経済だけだったらば、起きようがない。でも、金融っていうものが入る限りは、バブルが起きる要素が必ずそこにあるんです。

―:でもこういう問題が起こったら、それに周りがね、結構影響を受けるじゃないですか、たとえば経営破綻しましたってなったら、リストラっていう話も出てくるわけじゃないですか。その波及効果を考えたら、ある程度その、強引にコントロールするっていうことも必要なんじゃないかなって思うんですけど。まぁ、でも基本的に自由ですからね、資本主義経済は。難しいところですよね。

ふじた:難しいですよ。で、石油の値段が上がってたのは先物が原因。まぁこの前、下がるって言ってて下がってきたんだけど。

―:下がってきましたね。私は何も(取引)してませんよ、その話聞いて(笑)

ふじた:実体経済からかけ離れてるとすると、それは下がらざるをえないんです。で、それは、もともと先物っていうのは、実体経済の物の値段を安定させるために創って、お金でお金を買ってるわけです。で、それが逆方向に動けば、高騰になるんですよ。だから金融がある限りは、高騰するしないのような宿命が、どうしてもそこに同時に存在してるんです。

―:ましてや、金融そのものは今や必要不可欠ですからね。

ふじた:だから包丁みたいなもんです。

―:なるほど。

ふじた:道具にもなるし、武器・凶器にもなる。

―:悩ましいですよね、本当にね。

ふじた:包丁のない生活を望みますか?ということです。

■生き方について

―:まぁ人間はもともと物々交換だったじゃないですか、経済的には。で、どんどんどんどん経済の発展とともに、金融の仕組みも発展してきたじゃないですか。それでこそ豊かさを享受できてる部分もあると思うんですけど。でもその分、破綻のリスクとか色々なものも出てきますよね。

ふじた:出てきます。

―:人間のつくるものってだいたいそうじゃないですか。まぁ最近はあまりそうじゃないのかもしれないですけど。

ふじた:完全なものはないです。

―:太陽光エネルギーとかまだましかなと。

ふじた:太陽光も完全とは言えないです。だって、太陽光発電するために材料集めてこなきゃいけないでしょ。その材料が全て安全な薬品、製品とも限らないし。

―:そういう人間の創造物の不完全さゆえの、せめぎあいみたいなものが常にあるのかなと思うんですよ。たとえば法律だってそうじゃないですか、どこかに不完全さがあって法解釈の余地が存在している。

ふじた:基本的に我々がいま地球上に生きてるってことは、不完全なんですよ。なんで不完全なのかっていうと、もとは完全だったから。

―:…深いですね。

ふじた:で、完全なとこにいたらば、出来ないことを体験しようとして、ある意味不完全な世界を創ってるっていう背景ってあるんですよ。

―:それを選んでる?

ふじた:選んでる部分もある。だから、その不完全さを嘆くよりは、不完全さを、敢えて言うならば、楽しむっていうことのほうが大事ですよ。

―:なかなかそこまで心の余裕がないですけど…。

ふじた:うん、だからそれが基本だっていうことを知っておくのが大事なんです。コーヒーのコマーシャルで「ろくでもなき、素晴らしい世界」っていうのがあるけど、あれはなかなか名文句ですよ。

―:高杉晋作の「面白きこともなき世を面白く」と似てますね。

ふじた:完全じゃないことを嘆く必要はないんです。

■過去生リーディングについて

―:そう考えたらまぁ、結局不完全な世界ゆえに、不条理なこととか、矛盾のあることだとか、色々起こるじゃないですか。で、そういうことを自らの人生を通じて経験する中で、ちょっとこう余裕をもって見れるような感じが本来的には望ましいと。

ふじた:というのがそこにある。過去生リーディングとかやってて、やっぱり思うのは、いまの現世だけで見てると不条理な人生っていうのはあります。でも全部をみていくとね、不条理じゃないの。たとえば、30万円落としたと。だだね、なんかその原因がずぅーっと昔にあったりするんですよ。実は30万ぐらい…ぶんどってたとかね。そういうのはいっぱいあります。よくする話なんで何回も聞いてるとは思うんだけれども、現世お医者さんやってる人は、昔は牢屋の拷問係やってたとか。お医者さんやってるっていうのは、じゃあ誰でも良いことかっていうと、昔こんなこと(拷問係)やってたからやってるんだっていうケースもあります。

―:プラマイゼロって感じですかね。

ふじた:うーん、プラマイゼロっていうよりも、バランスをとるっていう感じ。ってこと考えると、たしかに現世だけでみると確かに理不尽、不条理っていうことは結構あります。

―:そう考えると、いま起こってることっていうのが、本当に不条理かどうかっていうのは分かんないですよね。

ふじた:分かんないです。

―:でも全体がね、なかなかみんな見えないから…。

ふじた:僕がこんなことやってるのは、過去生で悪い人だったからなんですよ。

―:んー、全然悪い人には思えないですけど。

ふじた:んー、思えてたらこんな仕事できないですよ。

―:確かに。当人の今の仕事っていうのは、バランスをとってる人もいるし、人によっては新しい…

ふじた:チャレンジをやってる人もいるし。

―:そういうのを、まぁ…皆さんリーディングしてもらってください(笑)

■ポジティブ論

―:そう考えたらまぁ、そんなにね、思いつめる必要はないのかなっていう気がするんですけど。でも、これから何度も生まれ変わると思うとちょっとシンドイなっていうのはあるんですけれども。

ふじた:だから、いまの人生を如何に楽しむかっていうことなんですよ。しんどい人生にするのか、楽しめる人生にするのか。

―:大事でしょうね。前向きに、ポジティブにということですかね?

ふじた:前向きにというか…なんていうか、僕はポジティブってあんまり言わないんです。

―:何って言ってるんですか?

ふじた:やっぱり、ニュートラル。

―:あぁ~。
ふじた:ニュートラルに物事が見えたうえで、ポジティブにとる。

―:二段階あるわけですね?

ふじた:あります。なんでもポジティブにとると…
「家にドロボウが入った」 → 「良かったー!」
になっちゃう。それはちょっと、違うだろうと。

―:ははは(笑)

ふじた:いわゆる、ポジティブ論やって、よく言われる話はそんな話ですよ。だからおかしいってなる。

―:笑いのツボでした(笑)

ふじた:冷静に物事が見れたうえで、ポジティブにとるっていうのが良いです。松下幸之助さんが火事にあったときも、やっぱりそうなんです。自分の工場が火事にあったとき、燃えたもんは、燃えたもんだと。でも、人はちゃんと生き残って、みんな元気で良かったと。ここらがポジティブなんです。

―:確かにいきなり燃えちゃった段階では、動揺もするし色々あるんでしょうけど、そこでふっと冷静になって、物事をまた新しくポジティブに捉えなおしていくっていう、そこは本当に凄いですよね、やっぱりね。

ふじた:そうしないと、燃えてる最中にポジティブになっても困るわけですよ。

―:確かにそうですね。

■歴史書について

―:ところで、古事記や日本書紀についてなんですが、基本的に捏造部分があるんでしょうか?

ふじた:まぁ、誰が書いたかを考えれば。つまり、政権交代してから書かれてるんです。

―:また(冒頭に出てきた)「政権」ですか。たしか天武天皇のときでしたっけ、忘れましたけど。

ふじた:いずれにせよ、古事記に日本書紀に限らず、どの世界でもそうなんだけれども、日本の歴史とか国の歴史を書くときに、誰が書くかというと、平民が書くわけがないんです。

―:政権側ですよね。

ふじた:権力者が書く。ってことは、その権力者の都合の良い方向性で書くっていうのは当然のことなんです。どの時代でも、どの国でも同じ。だからある程度、自分に都合の良い記述にどんどんなっていくのは、もうしょうがないです、これは。要は捏造というとちょっと言い過ぎかもしれないけれども、それを書いた人の都合の良いように書かれているっていうのは、どこ行ってもあります。

―:それはでもあれでしょ、本当はこうだったっていうのはなかなか見えづらいという結果になっちゃいますよね。残念といえば残念なんですけど。

ふじた:でも、本当はこうだったとして、それをどう評価するのかっていうのも、また時代で変わっていっちゃうんですよ。たとえば原爆が広島に落ちたと。アメリカにとっては良いことなんですね、これが。で、まぁ仮にの話をして今度は日本が超大国になって、広島がどうだっていう評価になると、今度はアメリカにとっては悪いことになるんですよ。立場とか、時代が変わると評価も変わっちゃうんです、同じことでも。だから、何が真実かっていうこともあるけども、それをどう評価するか。そこが非常に難しいとこです。

―:悩ましいですよね。

ふじた:悩ましいです。

―:でも、さっきの話からすると、そんなに悩む必要もないのかなとも思っちゃうんですけれども…。

ふじた:だから300年先のことを考えて悩むよりは、いまのことを悩むほうが良いです。

―:順序としては?

ふじた:順序としては。でも、だから環境汚染して良いのか?っていうと、そうでもないですけれど。ただ、前のインタビューでも言ったけれども、我々が生きているのも地球のお蔭だと思えば…

―:あえて汚すとかそういうことは…

ふじた:うん、やらなくなる。だから、発想の転換をしていくと、物事が変わっていくんです。

―:発想の転換というのは、ひとつの今回のキーワードのような気がするんですけど、そういうのって普段はあまり意識しないですよね?

ふじた:えとね、だから無心になれない人は、そこに意識がいかないんです。無心になれる人は、物事が起きたときに、ただ見るっていう癖がつくんで。そうするとどっちにでもとれるんだっていうことがよく分かります。

―:ただでも、たぶん想像するに、多くの日本人というか人間は、色がついてたり、あるいはある種偏ってるものを好む傾向にあるのかなという気がするんですけれども。
ふじた:好むんじゃなくて、それを教育されてきてる。さっきの話に戻っちゃうけど、教育するっていうときの教育内容も、権力者がつくるわけです。よく色づけされてるんですよ。数学みたいな純粋な学問ならともかく、思想的なものとか、どう評価するとか、ということに関してはある意味色づけされてるんです。

■国家について

―:でも、基本的な統治の仕組みとして、表現が難しいですけれど、国家と国民みたいな構図は避けられないじゃないですか、今のところは。だとしたら、国と自分の両方を認識できてるかどうかというところに行くんじゃないですか?

国の主権って、たしか領土・領海・領空があって…って合ってます?

ふじた:合ってるけど、今はそれも崩れてるのが実態です。
アダム・スミスの頃は国=経済で良かった。今は、国があっての経済ではないんです、ヨーロッパみてれば分かります。つまり、国っていう単位ではなくって地域というのがひとつの経済ユニットになってる。なので、国ごとにやってちゃいかんねというのでEUができた。だから国という概念そのものがもう崩れてるんです。

―:もともと国として分離していたものが、ひつの価値観や基準によって…

ふじた:というよりは、経済ユニットだと思ったほうが良いです。それにまぁ高尚な思想をつけちゃって、国という形にしてると。昔から経済ユニットなんです、国っていうのは。国家内取引でいちいちドル使って、円使って、元使ってたら、面倒くさいです。

―:同じ通貨単位にしましょうよって話ですね。

ふじた:同じにしようよ、っていう話なの。

―:最終的に全部の国が同じ通貨単位になったら…。

ふじた:いつかはそういうふうになります。だから国っていうを考えるときに、経済ユニットであって、それをまとめるのに、今度は権力者のほうから、権力者に都合の良い情報をつけていったと。国民国家とか住民を集めたものが良いとか悪いとか言ってるのではややこしくなってるんですよ、逆に。

―:ややこしいですよね、つくづく。

ふじた:経済を中心に考えたほうが、わかりやすいです。
国とかいうものを考える前に、経済という単位で考えたほうが、物事は分かりやすいです。だから、大前研一さんは道州制を提唱している。で、昔は日本は下総国とか、ああいう律令制度の国っていう単位があったときに、それはだいたい山があったり、川があったり、経済的な交流が難しいからひとつの国っていうユニットになってる。

―:地理的なものが影響してたわけですね。

■グットライフについて

ふじた:日本も含めて、みんなどうしたいかっていうと、グットライフを過ごしたい。

―:そうですね。

ふじた:というのが、人間の基本的な欲求だから。グットライフのためには経済が必要。まぁ物々交換だったら別だけど、いまの時代は経済が必要なんですよ。だから、経済をひとつのくくりにして、物事が動こうとしてる。ただ、気になるのはアフリカみたいに経済がまだ発達してないところは、武力とか別な要素が強くなってくる。だから経済発展してしまったほうが、戦争はなくなるんです。

―:お互いある程度の水準まで行ってしまえば…

ふじた:戦争するほうが、逆にデメリットになっちゃう。だから、昔は中国とインドがドンパチやってたけど、最近あんまりやらなくなってきたのは、中国もインドも経済があがってきたから。ドンパチやったほうが損失になるんだから。

―:ミサイル撃ったら、また買わないといけないですからね。

ふじた:すると、経済が痛むんです。経済がないときには、ドンパチやっても痛むものがあんまりない。

―:そこらへんは、やっぱり経済発展のひとつの良い部分ですよね。と同時に、新しい問題ももちろん起こってくるので、それらを政治とかひとりひとりの次元で手当てをしていく必要があるっていうことですよね?

ふじた:だから、経済発展すると環境問題とかいろんな問題が出てくるけれども、それをやっぱり解決しながら、経済が発展していったほうが、みんなが良い生活ができる。

―:昔は、人間の戦争の歴史をみていたら、科学とか経済とか全然発展しないほうが良いんじゃないかと思ってたんですけれど、今のお話を聞いてたら、それなりに発展していくのもありなんだと。

ふじた:だから、物々交換の時代に戻りますか?ということ。

―:いまさらちょっと厳しいですよね。

ふじた:戻れる人は少ないです。

―:ある種、割り切っていて達観できてないと…想像つかないですね。

ふじた:だから、一番良いのは経済発展しながら、色んな問題も同時に解決していくということが、今の世界には一番あってるんです。巨大隕石でもくれば話は別になるかもしれないけれども。

―:ほとんど死んじゃいますからね。まぁでも、66億人も飯を食うっていうのは大変な話ですよね。

ふじた:大変ですよ。大変だけれども、能力がないわけじゃない。生産量でいけば食わせられるんですよ、66億人。

―:でも、どうしても貧富の格差があるわけですよね。

ふじた:要は、偏ってるだけなんですよ。食料でいえば、66億人食わせられるだけの生産量はすでにあるんです。それが偏ったところにしか行ってないっていうのが問題。

―:これ、でも解決し甲斐がある問題ですよね。

ふじた:で、なおかつそれで一番ベストなのはお金儲けしながら、それを解決するということ。同時に豊かになれる。

―:自分のためにも、周りのためにもなってるという。そうすると、どんどん国の役割ってなくなっていきますよね。

ふじた:だからヨーロッパをみれば。通貨発行がそもそもかなり大きな権力だったのが、通貨発行をEUに渡しちゃってるでしょ。で、国防もある程度もう移管しようとしてる。

―:国の大事な仕事をどんどん渡していってるわけですね。

ふじた:だって、国ってあとから出来たもんであって、経済ユニットが元だと思えば。国のやることってそんなにあるわけじゃないんですよ、もともとは。

―:国防とか、外交などですよね。まぁ外交もそんなに…

ふじた:関係なくなっていく、将来的には。

―:そのかわりみんな英語できないと、みたいな。

ふじた:うーん、まぁそこらへんは難しいかな。だから今は自分達が出来る範囲で、良い未来をつくっていくために何ができるか、っていうのを考えるのが一番大事なんです。

―:なるほど。

ふじた:今日はそんなところで。

―:お疲れ様です。ありがとうございました。

ふじた:ありがとうございました。

<以上>

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スピリチュアル・インタビュー (04)

日時:2008年9月10日 12:00~13:30
インタビュー&タイプ: cheer
インタビュアーBlog: ちあの散歩道 http://blog.goo.ne.jp/cheer_001
編集:ふじた


■■「憑く」と「出る」……

ふじた:最近、どこか、お寺とかに行ってきましたか?

―― えっ!?憑いているんですか?私に何か

ふじた:憑くんではなくて、出るんですけど。

―― すると、出るっていうのは映像的に出るんですか?

ふじた:映像的に出てくるんです。後ろ側に。

―― えっ!!~、凄いですねえ!!憑くではなく、ですね。

ふじた:みんな、憑く憑くっていいますが、“出る”ですね。

―― では、そこから質問を。よく憑依されるっていいますよね。

ふじた:うん、うん。

■■「憑依」と「出る」

―― 「憑依」と「出る」っていうのは違うんですね。

ふじた:まったく違います。「出る」というのは、その人に対して守護とか、指導とか、役割りとして出てきたり、その人の関係性を見せたりする場合は「出る」って言っているんです。憑依というのとは全然別の問題です。

―― 基本的には、「出る」というときは、いいことと捉えていいんですね。いいイメージで。

ふじた:私の場合はですよ。
「出る」っていうのを憑依のことで“出る”という人もいます。

―― 憑依でも「出る」という言い方をする人がいるんですか?

ふじた:多いです。まず、憑依っていうのがどういうことかというのは、その人の人格とか、その人自身を乗っ取っていくのが憑依なんです。
今まで、うちに来た人で憑依があったのは3人しかいないです。それだけ少ないんですよ。

―― 一般的には、憑依現象などとセンセーショナルに言うことが多いですよね。

ふじた:言っていることが多いけれども、そもそもは少ないです。うちでは正確に人数を数えてるわけではないのですが、ざっくり計算したところでは、カウンセリングを受けられた方は1000人は超えていると思うんです。ということは1000分の3の確率なんです。うちに来る人が1000分の3という確率レベルだとすると、世間一般ではうちの確率のさらに数百分の一とか千分の一になるわけです。ただし、みんなが憑依とかを知っているのは、テレビとか雑誌とかで面白おかしく扱えるからなんです。実際のところ憑依ってすごく少ないんです。

―― では、“出る”ということなんですが、出るものというのは、たとえば今言って下さった弁天様とか、観音様とか、その他にも?

ふじた:神様、仏様、天使様、などなどいっぱいありますから。あと、ご先祖さんが出るときもあります。ぼくの場合は、出ると言っているのは、その人との関係性で(後ろに)出ると言っているんです。

―― すると、先におっしゃられたみたいに、良くないものは、先に言わないで取って下さる?

ふじた:先に外してから言います。

―― というのは、私たちクライエントからみるととても安心ですよね。よく、カウンセリングを受けることを恐れている人っていますが。リーディングなども訊かれて、「行って相談してみたらいかがですか?」と伝えても、恐れているというか、何かよくないことを言われたらどうしようという気持ちが強い人って多いです。「言われたら言われたで、それが原因ならそれを外してもらえば気分も安心するのではないですか?」と言っても恐れが強いようですね。

ふじた:恐れている人というのは、基本的に半端な知識しか持っていない人です。知識無い人は恐れようがないですから(笑)。

―― 自分にとって良くないことや悩みが起きると、地獄の底に落ちるようなことを言われたらどうしよう(笑)と想定していることが多いんですよね。解決の糸口が見つからなくて本人も悩んでるでしょ?
カウンセリングを受けるときも、自分で状況判断して、安心して受けるといいですよということにつながりますね。

ふじた:出るというのは、あくまで私の場合は良いものの場合でしか言わないです。悪いものが出てきて、怖がらせてもしょうがないし。

―― 先日のインタビューのときも、ふじたさんは、恐怖に訴えかけないとおっしゃったでしょ。これってお聞きしてすごく良かったです。基本的にインパクトのあるものは恐怖に訴えかけてその恐怖が残って……よく考えてみると、恐怖に訴えかけているものっていっぱいありますよねぇ。それって、視る人の良心とかもあるんでしょうか。

ふじた:というか、恐怖を使っている人たちっていうのは、おおむね大体3つくらいに分かれるんですよ。「何もわかってなくてそれを言っている人」、「それをやるとみんなが注目してくれるからやる人」、「本気で怖がらせている人」の3つです。

―― それが、複合的に絡んできたりとか、ですね。

ふじた:そうですね。

■■リーディングについて

―― リーディングをやっていらっしゃいますよね。リーデイングについても、一般的にはその場所に何らかの崇りがあるんじゃないかとかですね、家なり、お店なり、崇りを受けて今こういうふうに自分たちがなっているんではないかと、そんな不安を持っている人が私の周りにもときどきいるんですが。

ふじた:不安を持っている人は結構いますけど、現実には、崇りのケースは非常に少ないです。場を視るときは、「今」という瞬間から視たときに、「土地の状況」がどうか、「建物の状況」がどうか、「住んでいる人の状況」がどうかを視ます。この3つを視ないといけないんですよ。

―― あくまで、“今”という状況の中でですね。

ふじた:はい。それと、過去にさかのぼった状態でどうだったのかという、これだけ視ないといけないんですよ。大体問題が多いのは住んでる人の方なんです。住んでる人がよけいなことで怖がってるというケースの方が圧倒的に多いです。

―― 視るというのは、もうちょっと具体的に言いますと?

ふじた:われわれ、通常3次元的にものをみると言われていますよね。それとは違った次元があるんです。そこ辺を視るんです。たとえば、その場所の気がいいとかいう見方をするときもあります。

―― 気がいいというのは、その場所がいいという感じになりますよねぇ。

ふじた:で、以前視たところは、前住んでいた人が問題のある人で、その人の想念が残っているというケースがありました。あるいは、ある場所に行ったときには、建物の建ち方が問題だというケースもありました。建物の建ち方が悪いというケースは、大体外から観てあきらかに変な建物です。その場合が圧倒的に多いです。それでおかしいというケースが多いですよ。観た目が普通の場合は建物に問題があるケースが非常に少ないです。

―― おかしいというと?

ふじた:いびつな格好をしているとか、傾いているとかいう、間取りが変な間取りとか。普通の感覚で変だなあと思うときのことが多いです。

―― 前の人の想念が残っている場合というのは?

ふじた:基本的には浄化はします。浄化するとほとんどきれいになります。

―― 浄化の方法というのは?

ふじた:浄化の方法はケースバイケースです。たとえば水を使うとか、クリスタルを使うとか、あとは線香とか、セージを焚くとか、もしくは、浄化できる存在を呼んできちゃうとか。

―― 今、お話をお聞きしたことが、トータル的にはリーディングということになるのでしょうか?

ふじた:場所を視たときとか、そこに行ったときに、何が原因か、なぜ居心地が良くないというふうになっているかを視れば、その原因を取ればいいわけですから。
今まで視ていると、残留しているものがあるという場合が多いですね。つまり、前住んでいた人が何かやってるとか、その土地を造成するときにきちんと浄化していなかったり。

―― よく一般的にお祓いとか、神主さんを呼んでとか言いますよね。それは大事なんですか?

ふじた:とても大事です。

■■浄化は掃除から

―― たとえば、前使っていたお店を新しく経営者が代ったなどというときも、他にも引っ越しとか、事業を起こす場合とかも、そういう場合も最初に建物を浄化するというのは。

ふじた:どうしても必要というケースは多くないですが、やっておいた方が安心できていいです。

―― そのままでも大丈夫な場合もあるということですか?

ふじた:ええそうです、基本的にはお掃除しておいた方がいいんです。どこかの部屋を借りるとしたときに、その部屋を借りて自分が使い出す前に、たとえそこがきれいであっても、自分が先に掃除するということです。

―― 自分の手でということは、自分のエネルギーをそこに入れるような感覚ですか。

ふじた:エネルギーを入れるわけではなく、掃除をするということです。大半はそれできれいになります。

―― そうしますと、今、一般的に「掃除本」というのがたくさん売れていますよねぇ。トイレ掃除とかいろいろ。たしかにきれいになれば気持ちがいいですけど。汚いよりきれいな方がいいと私は捉えているんですね。修行をする必要がある人は徹底的にやればいいと思いますが、あとはふつうにきれいだなと思うところくいらいでいいんでしょうか?

ふじた:それがいちばんいいです。自分にとって心地いい空間にするんで掃除するのがいちばんいいです。よっぽどでない限りはそれで大体きれいになります。

―― 時々、外から帰ったときに家の中が霞んで見えるときがあるんですけど、そういうときは窓をパァッと開けて、そのあと窓を閉めてお香を焚いたりセージを焚いたりするんですけど。アロマの場合もありますけど、そうすると結構スキッとする場合があるんですけど、私の疲労などと関係があるんですかねぇ。

ふじた:そういう場合は、実際に現場に行ってみないとわかりませんが、その場合も窓を開けるとかはやっといた方がいいです。単に空気が澱んでいて自分が気持がよくないというケースもあるんですね。ちなみに、このカウンセリングルームも、あるカウンセラーが借りて、次に別のカウンセラーが使う場合は30分は空けることにしています。部屋の窓も全部開けちゃう、そういうのをやるんです。
ここを借りるような人だからなんらかの高いエネルギーを持っている人たちなんですけど、30分位窓を開けておくとそれだけでもきれいになります。空気の入れ替えをするのが一番いいです。

―― 全部、開けて?

ふじた:空気入れ替えたら気持ちいいでしょう。ということなんですよ。(笑)。

―― では、その場所に崇りがあるということも、数的には少ないということですね。

ふじた:確率的には非常に少ないです。

―― 物事が、たとえば健康だったり仕事だったりがうまくいかないと、崇りじゃないかという発想を持ったりしますね。

ふじた:崇りという表現はあまり好きじゃないんだけれども、まったくゼロではないです、確かに。ただそれを視た時に、崇りうんぬんじゃなくて風水的にその設計はどうかなという家ってよくあります。崇り以前の問題です。
実際に僕も、あるお店の設計の図面を見た時に、はじめの図面を見た時には非常に良く出来てて、もうこれでいいんじゃないという感じだったんだけど、色々事情があって、再設計したのを見たときに、それは出来上がって見ちゃったんですけど、何でこうしちゃったの?と。実際行ってみるとすごい使いづらいんです。作業をしていると人と人がぶつかりやすい。設計のレベルで何でこうしたの?というようなところで、事故が何回か起きたりすると、崇りと言っちゃったりする人がいるんです。

―― 動線の部分だったりですね。

ふじた:同じ店だったからほんとによくわかります。一枚目の設計図のときは、僕も何も文句付けようがないくらいで、そういうこともあります。

―― 流れもスムーズで、空気も風も滞りが無く自然に流れるということは気持ちいいですよね。気持ちいいということは大事だという考え方でいいのですね。

ふじた:作りとしては問題がないにも関わらず、何かがあるんだったら別のことを考えなくちゃならない。これが、一般の家庭とかの問題であれば、ちゃんとお掃除を毎日やって、空気の入れ替えもちゃんとやって、水なら水撒きもちゃんとやっているのに起きる、というときには何か考えた方がいいです。

―― そう言われてみると心当たりがありますね。ちゃんとそこら辺をやっていない人って多いような気がします。

ふじた:空気が澱んできたりすると気分がよくないですし。ただし、数は少ないですが、中にはほんとにその場所に問題を含んでいる土地が無くもないです。

■■結界について

―― 結界ということについて、お聞きします。
四隅にお塩を置くとか、そういうのってよくありますよね。昔、ある健康食品の説明会に行きましたらね、古くなった液体のその商品を結界の道具として家の周りに撒くといいなどという笑い話のような話を聞いたこともありますし(笑)。
そこまで行くと、あやしくなってきますが、結界というのはバリアーを張るということなのでしょうか。

ふじた:基本的には、バリアーという話になります。
僕は、基本的に水晶を使って結界を作る方法をやっています。なんで水晶を使うかというと一番楽なんです。お塩だと定期的に変えないといけないし、塩と水晶だと水晶の方が強いです。昔から日本は島国でもあるから、水晶と塩はどっちが入手しやすいか、ということを考えると、塩なんですね。だから塩を使っていた。ただ、水晶の方が楽にいい結界を作れるんです。
ちょうどこないだ、ヒーリングセミナーやったときに、ヒーリングをやっている最中に、黙って水晶を置いてみたんです。置いたときに、空間が変わったのがみんなわかると言っていました。黙っているから見えていないんですけど(目をつぶっている状態だから)、途中から空気が変わったのがわかるんです。それくらい変わりますよ。100人いて、100人の人がわかるわけではないけれど、大半の人が空気変わったのがわかります。

―― 水晶はどのように使うのですか?

ふじた:埋めたり、置いたり、状況によって変えます。

(実際に水晶の写真をネット上で見ました。3㎝くらいの大きさからで、きれいでした)


―― 悩んだ時には、私だったら「ゴー」という感じですぐ行動に移すんですけど、うじうじと恐れながら悪い方へ悪い方へと考えて悩む人っていますよねぇ。何かが邪魔しているんですかねぇ。

ふじた:邪魔していると僕は見ていない。その人の思考パターンがどっちなのかということです。

―― つい最近のふじたさんのブログで簡単にそのことに触れていましたよね。

ふじた:3行で書いてます。

■幸せになりたいのなら・・・

幸せに生きている人は、何気ない日常から幸せを見つけるのが上手な人です。

不幸せに生きている人は、何気ない日常から不幸せを見つけるのが上手な人です。

どちらの人生を選択しますか?

―― 分かりやすいなあと思ったんですけど、逆に悩み深い人にはかえってそれが理解できないこともあるのでしょうか。

ふじた:わかんないですね。きっと。

―― 結界を、自分で作るということは可能なんでしょうか。

ふじた:水晶を自分で買って置いてもいいです。

―― それだけで、場が変わるんですね!!

ふじた:変わります。 僕の場合は、結界なら結界用の水晶を買ってきて、ちゃんと結界用にチューニングしてから置くようにしてます。そこまでやるともっと強くなりますが、そこまでやらなくても、水晶を買ってきて四隅に置くだけでも変わります。

―― プラスのイメージに転換するものって、いろいろあるわけですよね。

ふじた:いっぱいあります。
結界に関しては、まだ計画中なんだけどセミナーもやろうと思っています。結界は結界だけで半日くらいしゃべる内容がありますから。
ケースバイケースでいろんなやり方があるんです。水晶を置くのもあるし、水を撒くというのもあるし、いろんなやり方があるんで。

―― 先日、九頭龍神社に行った時も、社殿の周りにお塩を撒いている人がいましたが、ふじたさんは「こんなこと、やらなくてもいいのに」とおっしゃっていましたよね。

ふじた:基本的に神社の境内は結界になってるんです。塩を撒くというのは結界の中で結界を作ってる状態なんですが、さらに強力な結界を張っているのならいいのですが、たかだか塩を撒いているというくらいでは、単にそれは土地を汚してるだけだと思います。

―― する必要がないというところにやっているという感じですね。誰がやってるんですかねぇ。

ふじた:撒いている本人の自己満足だけですね。半端に知っている人たちがやるんです。エネルギーのわかる人だったらやっても変わらないというのがわかりますから。

■■「箱根神社」と「九頭龍神社新宮」の“気”の違い

―― 先日の九頭龍神社のワークショップで、九頭龍神社の後に、箱根神社と九頭龍神社新宮に行きましたよね。となり同士に箱根神社と九頭龍神社新宮が並んで建っていましたが、ライン一本で、気の感じがまったく違いましたよね。
私はそのときに、箱根神社の、どちらかというとどっしりした重厚な気の感じが好きだなあと思ったんですね。それで九頭龍神社新宮に足を踏み入れると、こちらはとても軽やかな感じの気なんですね。それは即わかったんですが、好みとしてはどっしりした感じの方が好きというのがありましたがよく考えるとこちらの軽やかなものも必要なのではないかと考えたんですが。生きて行く上では両方大事なんですか?中庸にしていくのとは違うんですよね。

ふじた:どちらも大事なんです。起きてるのも大事だけど、寝てるのも大事といえばわかかりやすいです。そう考えた方がいいですよ。ずっと起きっ放しだったら人間やってられないですよ。ずっと寝っ放しだったら、なんで人間生きているのか訳わからなくなりますし。

―― 慣らして行くという感じではなくて、どちらも大事という感じでいいのですね。それぞれを大事に味わえばいいんですね。
あそこはとてもびっくりしましたが。

ふじた:面白いでしょう、あそこは。面白いんだけども、あえてホームページには書いていないんです。みんながあそこでウロウロされると大変ですから(笑)。

―― 感じない人も感じたような気分になるということもありますよね(笑)。
それと、湖からず~っと気が上がってきますでしょ。普通はその上の駐車場のところから参道に上がりますけど、その参道の途中から気が変わるのがはっきりわかりますよね。それはなぜなのでしょう。

ふじた:基本的に、あそこは目の前に道が出来ちゃってるから。どこでもそうなんですけど、神社の中に道があるとそれがひとつの区切りになるんですよ。

―― 本来はつながっているはずなのに、という感じなのでしょうか。

ふじた:もっとそれを広げていうと、たとえばいい土地があって、その真ん中に高速道路を造ると空気が変わっちゃうでしょ。それと同じです。道が出来るということは、それがひとつの境界線になるっていうことです。神社の中に変な道は造らない方がいいです。市川の方に神社の境内のど真ん中あたり、参道の手前のあたりに鉄道が通っているところがあるんです。

―― あそこ、行ったことがあります。変だなあと思ったことがありますが、そういうことだったのですね。

ふじた:びっくりしちゃいました。あれっと思いました。土地のエネルギーとかを感じられない人は、通せばいいじゃんということになっちゃうんです。わかる人から見ると何でそんなことやっちゃったのとなります。
奈良に行くと平城京跡というだだっ広いところがあるんですけど、その中を電車が通っちゃってる(笑)。

―― ほぉ~~。建物でも、街づくりでもそういうものがどんどん増えていますよねぇ。建て方とか景観などもそうですが。最寄りに神社があるとかではなくても、全体を見ないで、自分のところさえよければいいみたいなものっていっぱいあって、決して心地よくないですよね。

ふじた:大規模な再開発でもそんな感じです。
基本的に、日本の戦後の経済成長がお金とモノ中心で回ってきましたから。前は道徳教育とかもやっていましたが、最近は道徳教育とかもやらないで来た、その結果がこういうふうになってきてるんです。

■■結界からさらに進んで~~経済と環境の結びつき

―― まさにそうですよね。大事なものを壊しては変なものを造るという。壊しては造るという感じで来ましたから。しかもそれによって土地が上がるとか、建物が高く売れるとか、バブルはそんな感じでした。

ふじた:経済中心の裏返しとしてそういう問題が起きてきました。これからはそれらをよくするしかないです。

―― 巨樹なんかもいとも簡単に切ったりしますよね。せめて切る時にひとりぐらいがこの樹を残そうじゃないかとかそんなことも考えない。命として考えたらすごい年月を生きてきているものなのに。協議した結果やむを得ずというのなら納得も出来ますが、そんなことも考えずにばっさりと。自分の命をあんなにばっさりと切られたらいやだなとかそんなことも考えなくて。ちょっと立ち止まって考えようよとか、ノーと言う人もいなくて。

ふじた:やっと最近それが環境という名目で教育はされるようになってきたけれど。
それも経済とどうしても結びついちゃってるんですよ。

―― ふじたさんもおっしゃっていましたが、エコグッズなども環境と謳いながら金もうけのツールとしても販促されているものっていっぱいありますよね。お金もうけのためのエコ関連商品が目についてきましたね。

ふじた:エコって、本来、金出して何かすることじゃないんですよ。エコを追及してたら経済になってたというのが本来なんです。経済でエコをやるからおかしくなるんです。
江戸の昔の街並みというのがゴミのない都市だったというのは有名な話です。つまりゴミを出したらゴミを持って行ってくれる人がいる、なぜ持って行くかというとそれで商売になるから。
商売するためにゴミ出してるんじゃなくて、ゴミを出したらそれが商売になったということです。循環してるんです。

―― そういう考え方とスピリチュアルな部分って密接に結びついていると思うんですが。
スピリチュアルな部分が特別なものと思っている人がまだまだ多いじゃないですか。そうじゃなくて、昔の道徳観だったり、先祖の知恵だったりということだと思うんですが。

ふじた:人間と経済という括りにしてしまったからおかしいんです。そのふたつしかないような感覚だとおかしくなります。われわれ住んでいるのは地球なんで、地球のおかげなんです。それがわかっていれば自然破壊するのがおかしいということがわかるはずです。ところが、「地球を救う」って言っている人がいて、人間の方が偉いと思っている人がいるんですよ。地球を救うなんていう考え方には裏には人間が偉いという感覚があるんです。われわれが生きていられるのは「地球のおかげ」なんです。そこから始まれば、巨樹を切る、巨樹に限らず自然を破壊することがどういうことなのかというのが自然とわかるはずです。

―― 生きていくためのキーワードがこの辺りにありそうですね。
今までのお話とまったく違うんですけど、痛みについてお聞きします。

■■痛みについて

―― 痛い、痛みがあるときが人にはありますが、大きな傷をしたときには痛まないで、小さな傷のときは痛いとかよく聞きますが、その痛みと人の関係について何かお考えがありますか。痛みは意識とも聞きます。たとえば小さいお子さんが転んで体をぶつけたとしますね。ギャーッと泣いていても、お母さんが「痛いの痛いの飛んで行け!」と言ったりするとピタッと泣きやんだりしますね。子供ですからそれでもほんとに痛かったら泣き続けるはずなんですが。意識レベルが違うところに焦点が合うと痛みが消えたりするのでしょうか。

ふじた:痛みって道具なんです。

―― 道具?

ふじた:道具なんです。人間が生きて行く上での。変なものを食べたらお腹痛いし、壁にぶつけたら体が痛いし。痛みが無かったら、ぶつけまくって血だらけになってしまいます。だから、道具なんです。

―― 痛みのサインがあるということは、謙虚に受けとめる必要があるということですね。

ふじた:大きな怪我した瞬間が痛くないというのは、そんな大きな痛みをもらってもそのときに役に立たないから。昔若いときに交通事故やったことがあるけど、交通事故やるとやった瞬間は痛くないけど、翌日めちゃくちゃ痛いんです。ある程度衝撃のレベルを超えちゃうと痛みを持ったとしても使いようがない。そんな場合は痛みが感じられないです。

―― 手術後の痛みなども、本人が納得した上で計画的に手術をした場合と、突然降って来た災難のときの緊急手術とでは、予後の痛みが全然違うと聞いたこともありますが。

ふじた:術後の痛みというのは、術が悪いということはあります。術が悪いということを知らせるための痛みというのは結構あります。ただ、精神的にコントロールできる痛みは、非常に大きいです。

―― 精神的にコントロールできる痛みというのは?

ふじた:山梨の方のお坊さんで、敵の軍隊が来て火をつけられてお坊さんが焼かれたという話があるんですが、そのお坊さんは非常に冷静な方で「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言った言葉が残されていますから。
やっぱり、それはそれで確かにあるんですよ。人間は自分の精神的な強さによって痛みを感じなく出来るというのはありますね。仮りに痛みがあったとしてもそれに惑わされないというふうにすることはできます。だから、痛みは道具なんです。

―― なんで痛いのかということは、意識のなかできっちり捉えていく必要というのはあるんですかねぇ。

ふじた:あくまでもそれはシグナルだから、シグナルの発している元は何なのかをきちんと対処すればいいんで。人間、長くやっていると対処できない痛みというのもあったりして、それはあくまでも対処できないということがわかっていけば、ある程度痛みが出るかもしれないけどそれはもうそれを受け入れていく。そうしているとそんなに痛みとしては出て来なくなるかもしれない。

―― 何かに気づいたらですね、たとえば原因があってそれがシグナルとして出ていたら、たとえば肩がすごく凝るとかそういう場合も、小さい時に受けた心の傷のようなものに気づいたらその時点で痛みから解放されるという話も聞いたことがあるのですが。それは自分では探れないで、誰か他者の力を借りてその気づきを探っていくということらしいのですが。

ふじた:実際うちに来た人で、自分らしく生きようとすると頭痛が出るという人がいて、その人も過去生のときにいろいろあった人なんですが、エネルギー的な対処するとまったく出なくなっちゃったというのはあります。

―― それも、自分ではなくて、カウンセラーの方の手を借りてということですね。

ふじた:はい。

■■ミューテーションについて

―― ミューテーションって、ふじたさんのブログにも出てきましたが、あまり聞きなれない言葉ですよね。インターネットで検索してもふじたさんのブログが出てくるくらいで(笑)。かなり詳しくふじたさんのブログに書かれていますが、私もたぶんミューテーションではないかなという現象が起きたんですね。
例えば、どこも痛くないし、それなのに背骨がぐにゃっと曲ったようでしゃんとしないし、座っていられなくて、横になってしまうという感じでした。
食欲にすごい特徴がありました。食欲と満腹感は違うとよく言われますが、そのときは食欲というものがどこかに消え去ったような感じなんですね。無関心になるというか、どこも悪くないのに食べることを忘れたように食べるという行為が思い浮かばなくなるという感覚です。それもミューテーションの部類に入るんでしょうか。

ふじた:基本的にミューテーション中は食べられなくなりますよ。身体の反応としても、食物を止めてくれという状態になるので。ただし、水は飲めるんですよ。食物は人によっては食べたくないというか、要らないという反応をしたり、全然関心がないというふうになったり、そういう感じになります。

―― ミューテーションって初めて聞いた言葉なんですが、たぶんこんなことではないかなというイメージでしか捉えられないんですが(笑)。

ふじた:確かに他で言っている人はいないんで。ただ、古い話だと野口晴哉(のぐちはるちか)さんの「風邪の効用」みたいなかたちで書いている人はいます。ミューテーションという言葉は使っていないですが。
人間って、「物質的なボディ(身体)」である肉体と「エネルギーのボディ」があって、そこが同じようにバランスがとれているときがいいんです。エネルギーの方だけがガンと上がっちゃうと肉体との間にギャップがあるんで、そのあいだ肉体が追い付くまで時間が必要なんです。このあいだの状態をミューテーションというんです。

―― ああ、それってすごくわかりやすいです。

ふじた:そうすると、肉体の方をどんどん変えていかないといけないんで、そのときはどうも食欲が落ちるみたいな、あんまり詳しく肉体的レベルまでわかっている訳ではないですが。

―― 私の場合は結果として断食、一日断食をしたような気分だったんですけど。

ふじた:そんな感じです。

―― 意識してさあやるぞじゃなくて、自然に断食が出来たという感じでした。すると次の日はほんとにすっきりして、昨日まではパソコンの前に座りたくない、じゃあどこか痛いのかというとそうではなくてただフニャフニャと力が入らないという不思議な感じでしたが。

ふじた:エネルギー側のボディと肉体ではどちらが変化しやすいかというとエネルギー側なんです。たいていエネルギー側の方が先に上がります。肉体は時間がかかるんで、そのあいだなんですよ。

―― 肉体が、エネルギー状態に追い付くまでにギャップがあって、それを追いつかせる時間というか期間というか、その時間のことをミューテーションという捉え方でいいんですね。

ふじた:ミューテーションは、たぶん色々な人が色々経験しているはずなんですよ。ただそれに関してはみんな風邪かなと思ったり、疲れかなと思ったり、原因不明の体調不良とかで片付けてしまうという、そういうパターンでなっています。

―― そのときは、たとえば栄養剤を入れても効果がないと。

ふじた:受け付けないですから。水分はOKですから結果的には断食状態ということになります。

―― 気圧の変化というのは身体に与える影響というか、何かあるんでしょうか。

ふじた:気圧もゆっくり変わるとそうでもないんですけど、急に変わると影響を感じます。僕も気圧が急に下がるときは足が痛いんですよ。痛いんだけどそのうち治るからと放っといていますけど(笑)。

―― 気でお腹がいっぱいになるという、ミューテーションの期間のような感じの経験があります。以前小豆島に旅行した時に、初日あちこち回って旅館に着いたとき、まったくご飯が食べられなくなりました。そこは料理旅館で目の前にすごいごちそうが並んでいて、大好きな海の幸のお料理が並んでいるのに、そのときはポットにあるさ湯しか入らなかったという経験が一度だけあります。そのときもその場所に行って何か変化が起きたんでしょうか。

ふじた:場所にもよるんですが……。場所のせいかもしれないです。
場所のせいと言った場合「今」を中心にして「過去」ということもあるんです。過去生の記憶に絡んでいるとなぜかそれが出来ないとか、そういうことは出ますよね。そこら辺は詳しくセッションしてみないとわからないですが。

―― そのときの記憶というのは、忘れられない記憶なのですが。デジャヴュというのもお聞きしたいなと思っていますが。

■■時間が飛ぶ?

―― えっ、まだ10分位しか経っていないような感じなのにもう55分も過ぎたんですか!!信じられない!!どうしてなのでしょう???
こういうときって時々ありますよね。そういうときってテンションがいいときなんでしょうか?

ふじた:どうなんでしょうねぇ。僕自身も約1か月くらいの間でだいぶ変わっているというのはあります。

―― ここに大きなパイプがあって、いい気分ですう~っと流れているという感じなんですが。ふじたさんに会って時間軸が変わって来たのでしょうか(笑)

ふじた:僕自身のつながり方が違ってきたのは事実です。前はつないでたんですね、いちいち。(図を書きながら、天と地の間にいる自分とその関係性を説明。天と地と自分をいちいちつないでいたという感じを受けました)
今はどうなっているかというと、つながりっ放しなんですよ。(天からも地からも身体がそれらとつながりっ放し)。

―― 1回1回つないでいたものがつながりっ放しということなんですね!凄い!!

ふじた:これが草津に行っている最中に起きているんです。

―― ほぉ~~!!!

ふじた:まだ慣れていないんですけど、そんな感じです。

―― すっごい不思議な感じです。今までお話ししてきた時間が10分も経っていない感じです。今まで55分も話したなんて信じられない。でも、ちゃんと会話していますよねぇ(笑)。

ふじた:会話はしています(笑)。

<<あと、30分位だったら、大丈夫ですよ>>ということで時間延長が決まりました>>

■■デジャヴュと過去生

―― デジャヴュと、それに関連して過去生とそれがつながっているということはあるのですか。ふじたさんのブログを読んで、ミューテーションということを知り、小豆島で食べられなかったのはミューテーションだったのかなと思ったりしています。そこの気場に自分が付いていけなかったのかなと。その時は冬至の日で「幻の冬至観音」を観に行った日でしたから。
それで、お話ししながらデジャヴュということを思いついたのですが。

ふじた:たしかこれはフランス語だったと思うんですが。

―― デジャヴュと言われ出したのはいつ頃からなんですかねぇ。シャーリー・マクレーンの「アウトオンアリム」がベストセラーになったあたりからでしょうか。既視感と言われると納得がいくんですが、よくここに来たような気がするとか、そんな感じの捉え方でいいのでしょうか。

―― そういうのでは、デジャヴュとは言わないです。来たことがあるような気がするというレベルじゃないです。僕も今はあんまりないですけど中学生から社会人になったころによくあったんです。ある風景をどこかに行った時に見て、昔のある記憶とバシッと合うんです。スライド2枚を合わせるみたいに。

―― ぴったり?

ふじた:ぴったりとです。「あ、これ知ってる」という感覚で、デジャヴュというのはそれくらい合致するものです。

―― では、何となくイメージが似ているというのは違うんですね。

ふじた:それはデジャヴュではないです。ほんとにスライド2枚をピタッと合わせるような感じです。だからその瞬間に「あっ!!」という感じになりますよ。
何となくここに来たかなというのではなくて、「あっ!!」という感じです。

―― 完全に知っているという感じですか。それって過去にそこに住んでたということでしょうか?

ふじた:とは限らないです。新しいところに行っても起きることがある。自分がまったく初めてのところに行って起きることもあるし。

―― 過去生で、ここに居たんだということとは違うんですか。

ふじた:今視ている風景がスライドでパチッと合うわけですよ、建物も含めて。過去生だったらそんな建物がないですよ。

―― あっ、そうですよね。

ふじた:過去生じゃないですよ。“今”があってそれから未来に向けて動く時に基本的な方向性はあるんで……過去生ではないです。よくあるのが寝ているときにこの風景を見ていて、起きてから時間が経ってそれがバンと当たっちゃうという、それがスライド2枚合わせるという表現になります。
で、もうひとつは、過去生で“知ってる”という、たとえば大自然がまったく同じような状態である場合はピタッとやはり出てきます。たぶん寝ている間に未来を見て行くという。

―― 寝ている間に未来を見ているということですか。それはけっこう普通の人にもあるんでしょうか。

ふじた:普通の人にもあるけれど、何か気のせいかなぁと思ったり忘れてしまったり。デジャヴュの瞬間はドキッとするくらいぴったり合います。
たとえば、僕なんか田舎で会社員として仕事していたときにデジャヴュがあったりすると、手が止まっちゃいますよ、ドキッとして。それくらいピタッとくるんです。

―― そういう現象というのは、何かの予兆とかでもあるんでしょうか?

ふじた:人によって出方が違うみたいで、だから未来予測的なものとして見えてくる人もいれば、僕らみたいなことをやる人の場合は、実はそういうものもあるんだから覚えとけよみたいな。そういうシグナルの場合もあります。これも一概には言えないです。それがあるからどうだということにはならないです。そういう能力を持っているのに意外と使っていない人に、向こうの方から出てくることでそういう力があるんだということを知らせ、ちょっとはその部分をトレーニングしろよ、みたいな。
予知能力とは限らないです。要するに霊的な力があることを教えるためにやっているような気がする。

―― お話では“見せてる”という感じですよね。今ここに在って違うものと合うわけですからね。ふたつのものを物理的に合わせるわけではないですから時空を超えていることは確かですね。

ふじた:デジャヴュが起きる人というのは、意外に感性が強い人が多いですよ。
クライアントさんで、何回か来ている人で「デジャヴュがあるんですけど」と言ってくる人がいるんですけど、その人がこの道のプロになるかどうかは別問題だけれど感性強い人は多いですよ。そういうシグナルなんだと、ましてやそれを自分で納得せざるを得ないレベルで起きるんです。

―― 納得せざるを得ないというのは、かなりはっきりと、ブレがなくという感じですか。

ふじた:ほんとに一枚のスライドを二枚にしてもう一回戻すみたいな感じです。

―― ほおぅ~~。へぇ~~。はい。それは凄いですね。

ふじた:まあ、それくらいのものが来ると、自分って何かの能力を持っているんだなあということを納得せざるを得ないです。過去生でいうと、たとえばその土地に住んでると、なんか居たような感じがするという感じがあることもあります。

―― それは、ぼんやりという感じでいいんですか。それともかなり明確ですか?

ふじた:たとえば僕が島根に行ったときなんかは、やっぱり過去生で島根に居たんで、島根というより出雲といった方がいいですが。「あっ、この道知ってる」っていう感じです。
今はないけどそこに何が在ったという感覚がわかるんですよ。馬に乗ってたときのその揺れもわかります。ほんとのデジャビューってそれくらいリアルなんです。居たかも……じゃなくて居たという。今の風景は建物が多いけど昔はこうだという。この向こうに川があって……とかそんな感じになります。

―― すると、一言でいうと、デジャビューというのは、既視感とか、既知感なのですが、そういうスピリチュアルな関係としてあえてとらえると、予知に当たりますか?

ふじた:とは限らないです。予知とは限らないというのは、ある瞬間、瞬間のスライドがあったとしてそれを全部一枚を並べて行くと、この中にいて観てるんではなく、外から観てるというのがわかります。それで1回視てきているということになります。これは過去も同じなんです。厳密にいうとわれわれが住んでいるのは4次元空間で、3次元の物質の大きさプラス時間ということになります。それは4次元空間なんだけれども時間軸だけに関して言うと一定方向しか動けないということがあるんです。それがもうひとつ上の次元に行くと時間を外から眺めることができるという感覚になります。それでキュッと視て行く。
(図を描きながら、説明が入ります)

―― 瞬間にですね。

ふじた:それは、目の前のスライドが浮いてるだけなんですよ。だから予知ではなくて、次元が違えば昔も未来も視れるということになります。ただし未来というのは可能性がまだ広いから、何枚もあるんで、必ずしも完璧に視えるわけではないです。うまくそれを採って来るとまさにスライド2枚を合わせるという感じになります。パチンと合うんです。

―― 何となくという感覚で捉えていましたが。

ふじた:ここに居るんだという3次元、4次元空間の中に居るんだと思っていると、未来予知のような感覚だったりすることもあるし、それがひとつ上の次元だと思えばスライドを1枚1枚視ているというだけです。過去生リーディングをやっているときってこれなんですよ。

■■過去生リーディングは次の人生のためにも

―― そうすると、過去生リーディングでどんなことをやるのかというのもすごい理解しやすくなりますね。

ふじた:未来は分岐が多いんで、いくつもの選択肢が用意されていますから。だから未来を当てるというのは100㌫は難しいです。ただ一定の流れで行くとここに行くよということはわりに言えるんです。それを知ることで当事者は意識が変わりますから、未来も変わるということです。

―― 知れば、当然変わりますよね!意識が。過去生リーディングをやる人というのは若い人が多いんですか?

ふじた:やるのに年齢は関係ないです。自分の意識が上の次元に行けるかどうかの問題なので。

―― 残された時間軸がどれくらいあるかとかではなくて?

ふじた:ひとつの人生だけではなく(未来には)選択肢がいくつもあるんで、若いとか齢とってるとかは何の関係もないです。読まれる側にしてみれば老い先短いという考えに陥りやすいですが次の人生があるわけで(笑)。どういう状態で次の人生に行くかということですから。
読む側にしても、若いか齢とっているかは全然関係ないです。こっちも人生いっぱいあるから。「老い先短いから何やってもいいんだ」というと来生が難しくなります(笑)。

―― それは、まあそうですね(笑)

ふじた:だから、来生につながる生き方が大事なんです。例えば60歳になって大学に行く人とかいるじゃないですか。それはいいことなんですよあくまで肉体が60歳であって、精神までが60になっては駄目なんです。見た目でわかりやすい例を挙げると由美かおるさんなんて1950年生まれですよ。そんなふうに見えないでしょう?自分がいかに気持ちも含めて若いかどうかです。

―― そうですね。そういう部分でもチャンスがあったら過去生リーディングをやってみるのもいいですね(笑)。トータルで視ることも関心があればやった方がいいですね。

ふじた:あればの話ですね。あくまでも今の人生に集中している人もいるんで、その人の場合は余計なことを聞かない方が集中できるんです。モノを書くのにホテルに缶詰めになっている人っているじゃないですか。それと同じで何かに集中しながら人生そのものが缶詰で生きたいという人もいますから。

―― そういうときは、過去生を視たりしない方がいいということですね。

ふじた:そうです。われわれが住んでいるのは三次元ではないんですね。われわれが住んでいるのは。三次元だとモノの高さだとか幅だとか奥行きだとかだけで動くに動けないんです、“時間”がないから。正確にいうと住んでいるのは4次元なんだけど、時間軸というのが一定方向にしか進めないという捉え方がいいと思います。セミナーでは制限付き4次元とか言っていますが。ただ、ガイドと話をすると不思議なんですが3次元と言ってくるんです。厳密に言えば制限の付いている4次元空間なのだけど、ガイド側からはなぜか3次元ということがよくありますよ。

■■臨死体験をした人の話しから

―― 臨死体験をした人の話を聞いたことがありますが、オーロラツアーの主宰者でカナダまでの飛行機のあいだ中、隣りの席だったものですからずっとその人の話を聞きながら行ったんですね。彼は死後の世界は二次元空間なので、面白くもなんともないから、大変な苦労を抱えてもこの3次元の世界で精いっぱい生きることがどんなに楽しいかがわかるみたいなことを講演でも話されているんですが、私はどうしてもストンとその話が落ちなくて。

ふじた:臨死の場合はほんとの死かどうかというのがありますね。

―― これだけ聞いても納得がいかないという感じが私の中ではありまして、もしかしたらほんとの体験者ではないのかなということもありましたし。

ふじた:体験していることをうまく説明できない、ボキャブラリーの不足というのもあるかも知れませんね。説明できるバックボーンがあるかどうかということもあります。たとえば次元空間にしても、4次元、5次元、6次元があったときに、ボキャブラリーの問題などもあります。ヒーリングをやるときなど、宇宙の根源のエネルギーを使います。そうすると、「宇宙の根源ってなんですか?」と訊く人がいます。「宇宙の根源のエネルギーを使います」というヒーラーは何人かいるんですよ。ところがいくら読んでも宇宙の根源が何だか書いていないんですね。僕はちゃんとセミナーで説明しますが。そこら辺の違いだったりする場合があるかも知れません。
宇宙の根源というのは闇のエネルギーなんですよ。

■■宇宙の根源のエネルギーは、闇のエネルギー

―― 闇のエネルギー?

ふじた:闇っていうと、「大丈夫ですか?」と言われることがありますが(笑)。なんで闇かというと、光が生まれる前のエネルギーだからです。今でいう普通の光と闇を生み出す元のエネルギーということです。

―― では、大元ということに?

ふじた:それを科学的にちゃんと説明できます。一般理論がありますから。そういうボキャブラリーのある人が「宇宙の根源の闇のエネルギー」と言っている場合と、言葉だけをどこかから仕入れてきたものを言っている人では伝わり方が違うと思います。

―― 聞き手は何もわからないわけですから、そこら辺のベースがあるかどうかで伝わり方が違ってきますよね。どこか琴線に触れない限り言葉尻だけでは動けないものってありますよね。

ふじた:臨死に関しても、そういう知識のある人が臨死をやっている場合と、知識のない人が臨死をやっている場合は、伝え方に当然差が出てきます。ただ見たモノを言ってる場合もあるし。

―― それに近いですね。その臨死体験を元にスピリチュアルな部分に行こうとしているのは伝わるのですが。

ふじた:立花隆さんが臨死体験の本を書いていますが、臨死をつまらなかったという人もいますから臨死と言ってもいろいろあるんです。現世にフォーカスしている人が臨死すると、向こうの世界はつまんないといいますし、今の世界の方がいいということになりますから、そこら辺は幅がないとうまく説明しきれないです。
最初の土地を視るリーディングの話も、現場に行って「ここは呪われている」という人と、土地と建物と人がいて、という区分で話をするのとはだいぶ違いますから。

―― 土地を視て、建物を視て、人を視て、というお話しは初めてお聞きしました。そして人に原因というか要因がある場合が多いというお話もひじょうに納得がいきました。

ふじた:実際そうですからねぇ。要は説明できるか、同じ体験をしても人によって説明の仕方が違ってきたりしますから。

―― はい、わかりました。あっという間の時間でしたが、長時間にわたりありがとうございました。

ふじた:ありがとうございました。

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スピリチュアル・インタビュー (03)


日時:2008年8月15日15:00~16:30
インタビュー&タイプ: せんむ
インタビュアーBlog: 専務ノート http://senmunote.cocolog-nifty.com/blog/
編集:ふじた


■アセンション

―:まず、アセンションって何なんでしょうか。

ふじた:アセンションと言ったときに、どのアセンションなのかという問題が出てくるんですよ。

―:色んな次元があるということですか。

ふじた:色んな次元じゃなくて、キリスト教で言ってるアセンションと、スピリチュアルで言ってるアセンションって意味が違うんですよ。

―:そうなんですか、概念的にはひとつだと思ってたんですけど…。

ふじた:もともとキリストが昇天するっていうのがアセンション。で、それをもとにしたのかどうかはよく分からないけども、2013年あたりに次元上昇するって言ってる人がいて、それをアセンションと呼んでるっていうのがあって、だから取りあえず最初に聞くのは…どっちですか?っていうのを聞くんですよ。でないと、その後の説明全然違っちゃうんで。

―:両方お聞きすることによって、何か浮き上がってくるということはあるんですか。

ふじた:あんまり関係ないです。

―:では、スピリチュアルで言ってるアセンションについてお聞かせください。

ふじた:だいたい2012年の冬至、とか2013年ってよく言われるんですけれども、アセンションっていうのは基本的には、たぶんだけれども…ないと思う。

―:えっ、ないんですか?

ふじた:というのは、その2012年、2013年がひとつの大きな変化点になる、というのは確かなんですよ。

―:それは、人類全体でしょうか、地球全体でしょうか。

ふじた:地球といったほうが良いです。で、それはなんか天文学的にもあるらしいです。ちょっとなかなか調べはついてないですけど。そういった意味で、その地球の中での変化点のひとつであることは確かです。ただ、その程度の変化というのは、これまでにも何回か起きてる。

―:えっ、アセンションは何度も…。

ふじた:アセンションというか、アセンション程度の変化。一番分かり易いのは、1999年、2000年、2001年という変化をみてみると、通過してるときはよくわかんないけど、今振り返ってみると、20世紀と21世紀と違う。だから、この程度の変化はあります。ただ、よく言われる次元上昇みたいな話、あれは行き過ぎ。

―:なんかよく本で、体が透明になるとか、ちょっとこう…ほんまかいな?見たいな表現が出てきていると思うんですけど、そういったことまでは起こらないということでしょうか。

ふじた:そうに考えてます。まぁ、現実問題としては実際になってみないとわかんないんですけれども、ただ、そのアセンションで次元上昇だとか、人間のエネルギーが変わるとか、色いろ言ってるのをみてると、キリスト教系の文化圏だけなんですよ。もしくはキリスト・イスラムみたいな文化圏で、仏教文化圏からはあんまり出てこないんですよ。で、キリストとかイスラムとかユダヤとかは、終末思想っていうのが経典の中にあるんですよ。それらはある意味、虐げられた人たちの宗教だから、未来に希望が欲しいわけなんですよ。なので、その終末がくれば、その次は自分達の時代になると。

―:それは、助かりたいとか…

ふじた:助かりたいというか、虐げられている状態から自由になるという。

―:ああ、解放みたいな。

ふじた:そう、そういうのがあって、そういう人たちのところのアセンションという話を聞くと、なんか凄く時代が変わっていくとか、新しいスピリチュアルな時代がくるとか、そういうことをよく書いてるんですよ。終末思想という色眼鏡が入っている、という感じが凄くします。

―:アセンションについての情報を発信している人達というのは、チャネリングしたりとか、ある種の啓示を受けて書いているのでしょうけれども、西洋文化圏とそれ以外で書かれているものに違いがあまりないように思うのですが。

―:それは、第一情報を見てるんですよ。その第一情報に影響された日本人がやると、同じようになってしまいます。おおむね、第一情報的なことを言ってる人達を観ておくことが大事です。なおかつ、2012年なり2013年になんか大変なことが起きるってやると本が売れるんですよ。で、本が売れるということは、本でなくても、テレビでも、雑誌でも、メディアであれば商売になるんですよ、それが。だからメディア側からすれば、そういうことを書いたほうが自分達のためになる、というのが多分にあります。

―:そういうお話を聞いて感じるのは、初回のインタビュー記事で、環境問題があったと思うのですが、それを真剣に考えている人達とそれを利用しようとする人達がいるとのことで、いまのアセンションについても自分達の商売ベースで考えている人達がいると。で、僕なんかは一方的に読んだりするだけで、きちんと判断できない気がするんですよ。そういうのは恐いかなと思うのですが。

ふじた:僕が読んでるものが、他の人が読めないものではないんですよ。だからその、同じものを読もうと思えば、読めるものを僕は見てます。じゃあ、何が違うかというと、まず言葉遣いです。センセーショナルな言葉が多ければ多いほど、本は売れるという要素があります。だからその言葉遣いが如何に冷静に物事を観ようとしているかどうかを見ていくことのほうが重要。だから、1999年のノストラダムスの話を考えてみればよく分かる話で、恐怖の大王が降りてくると言ってるわけですよ。で、何もなかったんですよね。

―:(笑)なかったですよね。

ふじた:で、その恐怖の大王っていう言葉も翻訳の仕方で随分変わると言われていて、だから、センセーショナルな言葉を使えば使うほどみんなの注目を浴びやすい、みんなの注目を浴びるということは、テレビなら視聴率がとれる、雑誌や本だったら売れるっていう話になるんですよ。だから、そのへんをみると良く分かってきます。つまりその、冷静な言葉遣いで物事をちゃんと判断しようとしているのか、なんか断定的に物事を言ってるのか、そこらへんに十分注意していると、なんかこれおかしいなって分かってきます。

―:情報の識別というか判断に際して、言葉遣いの印象がひとつの…

ふじた:私の中では識別のポイントになっています。こないだのインタビューと若干かぶるんだけれども、断定的に怖いこというと、みんなが見てくれます。といことは、ある程度わかってる人は意図的にそれを使います。でも、怖いことっていっても、人間の歴史1万年3万年で考えれば、その中で本当に怖いことっていっぱい起きてるわけですよ。だから、そのことそのものであんまり驚くよりは、長い歴史の中でどういう位置づけなのかっていうのを考えたほうが良いです。ついこないだだって、中国の四川省で地震があったけれども、それより大規模な地震が数十年前に起きてる。そのときは中国はどっちかというと、鎖国政策に近い状態だったんで、みんなに知られてないから、びっくりしてない状態。

だから、意外とセンセーショナルな記事が出てもそんなに大したことない。死んだ人に対して大したことないって言い方も変だし、一人一人の命は大切だけれども、人類の歴史っていうスケールで見たときには大したことは起きてないんですよ。だから、地球レベルのスケールで見るってことは大事。目の前のことでみると10人死んだらそれこそ大騒ぎですよ。でも、人類の歴史からみると何十万人一度に死んだってことは決して珍しいことではない。だからといって一人の命が軽いとはいえないんだけれども。でも地球上に住んでる限りは天変地異というのはある意味避けられないもので、そういうので死んでる人もたくさんいるということも現実です。

―:そういった情報にも気をつけながらも、2013年には…

ふじた:厳密に言うと、2012年の冬至っていう言い方をしてます。

―:それは、通過してるときは気づかず、あとから振り返ってみるれば、あのとき大きな変化があったと。それはまぁ、人間の精神的なものや、物質的なものが変わるんですか。

ふじた:基本的には人間の価値観が変わるんですよ。

―:価値観が。

ふじた:だから、そこが変わっていけばつくるものも変わってきます。

―:たとえば、農薬を使う食べ物もあるでしょうし、無農薬の食べ物もあると思うんですが、体にはもちろん無農薬ほうが良いと思うんですが、価値観が変わると、つくるものが変わってくるというのは、たとえば農作物の質が変わってくるとかでしょうか。

ふじた:そういうことです。自分と自分の周囲との関係性というものに関して、もっと深くなっていくってことです。自分と自分の周囲、たとえば環境だとか、人との関係とか、国との関係っていまはどちらかというと分断されてきている時代になっている。で、それが逆に元に戻っていくっていう時代になっていくということなんです。

―:それは戻るんだけれども、ちょっとまた昔とは違った感じで戻るんでしょうか。

ふじた:新しい形で戻っていくということ。その、自分と周りの環境とをだんだん切り離さないようになっていくと、たとえば環境汚染することは自分に還って来ることとして捉えていくことになる。

―:遠くの出来事も身近な出来事として捉えるようになると。それは地球全体というか人類全体規模で、まぁ人類は66億近くいるわけですけれども、その全体の底上げみたいな形で起こるのでしょうか。
ふじた:基本的にはそうだけれども、濃淡はそれぞれあります。

―:ああ、相変わらず分断的な価値観で行動する人たちもいるし、まとまっていく人たちもいると。

ふじた:象徴的なものとしてはEUですね。それぞれ分かれてた国が単一通貨をもつ。で、単一通貨を持つとお互いに戦争できなくなるんですよ。

―:為替への影響とかですか。

ふじた:ではなくて、戦争することのほうがメリットがなくなるんです。そうすると、単一通貨を持つということで、お互いに戦争をやりにくくなってくるんです。むしろ、そんなことやるよりお互いに稼いでるほうが良いと。そういう時代になります。

―:第2次世界大戦の話になるんですけど、8月15日ですし。当時、ABCD包囲網という経済的な圧力があったと思うのですが、そういう国と国との争いごとも、共通の通貨を持っているとあまりなくなると。

ふじた:やりにくくなります。自分達の経済と敵の経済が切り離されていれば、そこに戦争を仕掛けていっても自分達の経済は守られてる状態。

―:それは影響を受けないという意味ですか。

ふじた:たとえば、日本の中で九州と本州が戦争をしたら、日本中影響を受けちゃうわけです。関係のない北海道だって影響されちゃうわけですよ。

―:そうですよね。

ふじた:みんな困るんです。だから、そういう風になっていくことのほうが、世界をひとつにしていくという意味では早道なんです。

―:話が飛ぶかもしれないですけれども、よく戦争であるとか、分断的行為というか、そういったものがエネルギーとして蓄積されてるという話を聞くんですが、それを地震で開放するとかっていう話を聞いたことがあるんですが、それについてはどうですか。

ふじた:地球に我々がなんで降りてきたのか、っていうことを考えると、地球って珍しく分断を経験できる場所なんですね、。だから、分断っていう経験をある意味やるために、別の人は分離っていう言い方をしているけれど、それが出来る場所として、経験を積もうとしてきてる部分があるので、じゃあその分断とか分離がゼロになるかというと、ゼロにはならない。ゼロにするんだったらば、地球でなくても良いんですよ。だから、まったくゼロにはならないです。だからどうしても濃淡が出るんです。でも、それはそれで、いわば地球という場所の特性なんで…。

―:それを殊更になげく必要はないと。

ふじた:そうです。でも、分断してしまうのも良いことではない。だからそこらへんの、分断して戻って、ていうことの繰り返しにはどうしてもなっていくところがある。

―:繰り返すなかで、少しずつ良くなっていくと。

ふじた:昔だったら、ローマ帝国というひとつの大きな国家が出来て、また分かれて、今度はEUができたみたいな。ローマ帝国のときは武力でまとめていったのが、今度は経済としてまとまっていくという、そのへんの違いはあります。

―:螺旋階段のように良くなっていくイメージになりますか。

ふじた:なります。

―:アセンションの…うーん、アセンションという言葉がもはや適切かどうかということを感じているんですけど、要はその周期的に人類の全体的な変化とうのを、それは自分達がどこかで周期的に起こそうと思っているわけですか。あるいは、地球を作ったときに周期的に変化を与える環境だという設定をしているのですか。

ふじた:学習のプロセスとして、スパイラルとか螺旋階段状にあがるほうが効果は高いですよ。学習効果が高いと言ったら良い。たとえば、テーマが2つあったとしたらば、まぁその学習テーマとしてってことですけれども、だとしたときに、AとBがあって、Aばっかりやると、なんか頭打ちみたいな状態にいっときなるんですよ。そのとき持ってる能力だとか判断力っていうものが、ひとつのピークに達してしまうときがある。そうすると、そのときに今度Bに移っちゃったほうが良いんですよ。

―:Aをとりあえず置いておいて。

ふじた:そう、置いといて。で、Bをやると、また新しい経験だとか、新しいやり方を見つけていくと、今度はAのとこにまた適用ができるようになってくる。だから、同じものをずーっとやるよりは、ときどき変えていったほうが、効果は高いんですよ。だから、そういう形でつくったんだろうってのが僕の考えです。

―:そういう意味じゃ、地球ってよっぽど特殊なんですかね。

ふじた:まぁ空を見上げてみると、地球と同じ星はなかなか見つからないのとおんなじです(笑)。

―:(笑)。想像もつかないんですけど、地球と同じような星っていうのは、この宇宙全体のなかではあるんでしょうか?

ふじた:宇宙全体でいうと、何億個かあると、天文学系の人は言ってます。だから珍しいけども、極端に少ないわけでもないと。ただ、それは天文学的な分類の中での話です。で、宇宙の歴史を見てると、地球が出来上がるまでのプロセスはものすごく狭い道を通ってきています。狭い道っていうのが、たとえば温度っていうのを考えたときに、ある一定温度より高いと水は沸騰するし、低いと凍ってしまうという、非常に狭い領域の中で地球は安定しているわけなんですよ。沸騰するわけでもなく、凍るわけでもなくと。だから今の地球環境だけ見てると分かりにくいけど、宇宙の歴史で考えると、数千度とかっていう時代もあるし、マイナス何百度っていうのは宇宙空間では平気で存在してるわけなんですよ。そのなかのわずか数十度っていう変化の中で落ち着いてるってことは珍しいです。

―:たしかにそのスケールで考えると、奇跡的と思えます。

ふじた:宇宙の進化を研究してる人からすると、なんでこんなに狭い範囲で落ち着くことができたのかが不思議だという風にいってるんですよ。だからこれを、学者さんで、神の配剤だと言っちゃってる人もいます。

―:えっ、学者なのに。

ふじた:うん。そうとしか思えないぐらい狭いです。そうやって考えると、地球は創ったんだって考えるほうが分かりやすいです。

―:地球上の人生を通じて、色々な経験を積むと思うんですが、その経験は死んだときに…う-ん、その前に死んだときってどんな感じなんですかね。

ふじた:現世では死んだことがないので、ちょっと僕もそれはわかんないです(笑)。それはその臨死体験とかそういった人たちの話から聞くと、いわばその、この一生に起きたことを一回、ざぁーっと全部みてしまうような感じ。まぁ、走馬灯のみたいな形で見えるっていう人もいれば、何もなくするっと行ってしまう人もいます。ただ、全体的には過去を振り返る人のほうが多いみたい。そのときの一瞬の間で全部を見てしまう。全部をまとめたものを見直しをする。だからその、臨死体験をした人はその後、ポジティブになる人が非常に多いと言われています。臨死体験については立花隆さんの本がよく纏まってます。やっぱり立花さんってジャーナリストなんで、スピリチュアルに偏ることもなく、科学に偏ることもなく、中立的に書いてるんで、非常に良い本です。

―:私の知り合いの方でも、ポジティブに人格が変わった人がいて、いつからですか?と聞いたら、大病を克服してからだっていう人がいらっしゃいます。歴史上では、西郷隆盛もそうらしいですけど。入水自殺をはかって運よく蘇生したらしいです。思うんですけど、まぁ、人間はみんな死ぬじゃないですか、最終的に。で、この地球で、この国で、この家で、この家族で、この性別でという風に選んで生まれてきたっていう理解でよろしいんでしょうか。

ふじた:基本的には、生まれる前に自分で選択してるっていうのはありますね。

―:すると、そのときに自分の人生の課題は、これとこれっていう風に決めてるんだと思うんですけど、生まれちゃったらそんなこと忘れてるじゃないですか。なんとなく頭のどこかでは覚えているのかもしれないですけど…

ふじた:それは、人によっては忘れたほうが良いってことは多いです。たとえば、僕が実際に観たあるカップルがいて、出会って交際しているときには何にもみえないけれど、別れたときにこの人たちのテーマは何かってみえたときがあるんですよ。で、これは出会ったときに観えるとややこしくなるんですよ。というのはどういうことかと言うと、昔の恋人同士で、男性が女性のほうを殺してるんですよ。それなので、もう一回やり直しをしようという形で来てるので、出会ったときに男性が女性を殺してるっていうのを知っちゃうとややこしくなっちゃうんですよ。それは知らないほうが良いということがあります。あとこの人生のテーマにしても、5歳時に40歳頃のテーマが出てきても困っちゃう。

―:対応できない。

ふじた:できない。だから、それまでは見えない状態で、あるときをきっかけにテーマが出てくるってよくあります。

―:たとえば、10のテーマをこの人生において段階的にやるとしていて、40歳ごろまでに1~5までやっておいて欲しかったけど、1~3までしか出来ませんでしたってのは、本人の怠慢みたいなことになるんですか。

ふじた:そういうことよりは、今回の人生では達成できなかったと言ったほうが良いです

―:達成度合いとかあるんですか?

ふじた:度合いって言われても難しいんだけれども、ただやっぱりカウンセリングをしてて、これやっぱり難しいから来世送りにする?っていう話はまれにあります。だから、やれると思ってたんだけれども、なんか色んなそれまでのプロセスからするとちょっと難しくなってきているっていうときはあります。そういう場合は、来世送りみたいなやり方もあるし、今世の中でちょっと先送りをするというときもあります。まぁ、達成できなかったというよりも、状況的に難しい状況になってきたっていう見方のほうが僕はなんとなく良い見方なのかなと思ってます。

―:やれると思って生まれてきたのに、色んな過程の中でそういう結果になるのはとても残念だと思うんですけれど…

ふじた:ちょうどオリンピックやってるときだから、やっぱりオリンピックでメダルをとれると思ってきたけども、相手のほうが強かった、自分が怪我をしてしまったとか、潜在的なものは持ってるんだけど出来ないということがあるんです。そういうものだと思ったほうが良いです。

―:以前、色々な体験するために地球に来ているという話があったと思うのですが、自分の人生のテーマについて途中で挫折してしまったりだとか、くじけちゃいましたとか、反対に頑張ったので、できちゃいましたとかいう状況があると思うんですけれど…

ふじた:あと楽勝でしたっていうときもあります(笑)

―:楽勝…(笑)。そういう、なんていうのか自分の中でどういうメニューで何を経験してだとか分からないじゃないですか、ナビゲーションシステムとかあるわけではないので。

ふじた:分かんないから面白いんですよ。全部生まれたときに全部分かってたら、人生つまんないですよ。

―:そうですよね…

ふじた:はじめっから全部見えてたら、人生それでもう終わっちゃったようなもんです。もしくはたとえば、20歳で全部人生見えたらば、それって誰の人生かが分かんなくなっちゃいます。自分で選び取った人生にはみえないです。だから、見えないってコトが結構大事なの。全部みえちゅうと自分の人生おしまいっ!みたいになります。先が見えないっていうのは人生を楽しむためにあると思ったほうが良いです。

■ソウルメイト、スピリチュアル

―:話は変わるんですが、スピリチュアルな世界って、たとえば同じような人同士が引き寄せあうとか法則が謳われてたりするじゃないですか。えーと…、他になんかありましたっけ?

ふじた:よく言うソウルメイトとか?

―:ええ。そういうのってそもそもあるんですか?

ふじた:ソウルメイトがあるかないかっていえば、確かにあります。ただし、私はソウルメイトって言葉は使ってないです。ときどき使ってたことはあるんですけれども、かなりみんな勘違いをするんです。ソウルメイトといっても、お友達ぐらいの仲から親子まであって、色んなレベルのソウルメイトってあるんですよ。ところが、お友達レベルのソウルメイトなのに、結婚しないと駄目ですか?って聞いてくるんですよ。だからそういうもんじゃないと、あなたたちはお友達レベルのソウルメイト。だから縦のレベル感があまりない状態で認識してしまうので、勘違いが多いんで、最近ちょっと言わないです。

―:またちょっと話が変わるかもなんですが、人生は全部見えないほうがって…

ふじた:全部じゃないですけど。

―:でも、ヒントはたくさん転がってるような気がするんですよ。ソウルメイトにしても、引き寄せの法則にしても。そういうのをポジティブに自分の中で使うというか、なんというか、取り込むというか、表現が難しいですけれど…まぁスピリチュアルなことって、人生全般に影響を与えたり、自分の価値観そのものを揺さぶる力を持ってると思うんですけれど、そういうスピリチュアルなことを学ぶということにしても、行き過ぎてしまったらこれまた問題かなと思うんです。まぁ先ほどのちょうどいい塩梅で地球が安定してるというお話のように…。さっきのアセンションのお話のなかでも、表現の仕方が行き過ぎかどうかとか、色々あったじゃないですか。個人であったり会社であったり、国であっても極端な表現というのがあると思うんですよ、色々なレベルで。で、そういうのに影響されないように、スピリチュアルなことを学ぼうと思うんですが、学べば学ぶほど混乱していく自分が私の中であるんですけど…。

ふじた:たとえばスピリチュアルを勉強しようとするときに、何が判断要素になるかというと、それがあると健やかに生きられるかどうかなんです。それが一番です。それを握ってても、健やかに生きられないのであれば、握り方を変えるか、捨てるか、をする必要があるということです。で、たとえばスピリチュアルの勉強をして、恐怖心が募っていくんだったら、それはスピリチュアルではないんですよ。だから、心穏やかに生きていけるだろうかとか、健やかに生きていけるだろうか、っていうのがスピリチュアルを勉強する上での判断要素。そうでなかったら、それはちょっと違います。で、スピリチュアルで、それがないと生きていけない、になると、それはそもそもの目的から外れてきてるんです。僕なんかも、ブレスも作るんだけれども、最終的にブレスなんかいらなくなるっていうのが一番良いんですよ。だた、それの途中の過程で、楽にその状態になっていくのかとか、早くその状態になるっていうことのために使っていくのが一番良いことなんです。で、そこまで行ってしまって、あとは楽しみの装飾品としてつける分には全然問題はないです。実際にちょっとこの前、作ったものの中ではそういった説明をしたものもあります。ある程度たったら、これは使えなくなる、エネルギーが必要でなくなる。でも、見た目は綺麗だから装飾品としてつけておいて良いですよ、と。そうすると、好きなときにつけて好きなときに外せば良いんです。

■ガイド

―:また話が飛ぶんですけど、ガイドという概念があるじゃないですか。ええっと、ガイドさんって…厳しいガイドさん、優しいガイドさんっているんですか?

ふじた:人間に個性があるのとおんなじもんだと思ったら分かりやすいです。凄く言葉が短いガイドもいたら、長々としゃべるガイドもいて。それは色々あります。

―:(笑)。ふじたさんはどうなんですか?

ふじた:うちはやたら短いことが多いです。「行けば分かる」とか、「やれば分かる」とか、「9月になったら分かる」とか。でも、そのガイドさんの言葉の長い短いっていうのと当人の性格っていうのはわりとリンクするんです。長々しゃべりたい人はガイドさんも長々しゃべるほうが出やすいです。うちはもう…端的な言葉が多いです。

―:「出陣じゃっ!」というメッセージとか(笑)

ふじた:うん、「そこ右!」とか。車で行ってて、本当は右に曲がらなきゃいけないところを、左に曲がろうとしたら、「右!右!右!」って言われてしまって。短いですよ。

―:あはは。それは、結構大変ですね。

ふじた:まぁ大変だけど、ちゃんと聞いてるときは、ちゃんと目的地に到達できます。今年の北陸に行ったときには、初めての神社を、初めての道で、最短コースで行ってたりするんですよ。

―:それは普通では、考えにくいですよね。

ふじた:でもちゃんと繋がってれば、そんな風にはなりますよ。車で神社に行く時にガイドが道案内するというパターンはたぶん珍しいほうだと思いますけれども、ちゃんとガイドさんと繋がってるときはそうとう精度が高いです。

―:ガイドという存在は、その人にとってどういう存在なんですか。

ふじた:あえて私が言うんだったらば、「使えたら使う、使えなかったら使わない」、あくまでも自分が決めること。で、僕らみたいな霊的な仕事をする人間の場合は、修行期間というものがあって有無を言わさずやらされるときもあるんですよ。その話は、結構聞くと面白いです。でも普通の人に当てはまるかというと、必ずしも当てはまるわけではないです。さっきの「出陣じゃっ!」なんて普通の人には出てこないです。

―:「出陣じゃっ!」は出てこないですよね。

ふじた:「出陣じゃ!」ってどういうことかって、ちょっとわかんない人もいると思うんで、説明をしておくと、私の修行期間のときに、土曜日の朝にうとうとと目覚めていたら、ガイドにいきなり「出陣じゃっ!」って言われるんですよ。

―:…(笑)

ふじた:で、「出陣じゃっ!」と言われたら、しょうがないんで起きて、呼ばれた神社行ってくるわけです。で、昨日行ったから今日はないだろうと思ってると、日曜の朝にまた「出陣じゃっ!」って言われて。まぁ、言われたらしょうがいないと・・・

―:ははは(笑)

ふじた:というのは、自分の過去生に武将をやってたってのがあるんで、それにかこつけて呼ばれるんですよ。武田軍団の中の一派にいたんで、大将から「出陣じゃっ!」って言われて行かなかったら逆に殺されるんですよ。行かないと駄目なんですよ。

―:…(笑)。それ痛いところを突かれてますよね。

ふじた:うまいやりかたやってます。

―:ガイドさんはそこまで考えて「出陣じゃっ!」なんですね。

ふじた:…そう。だから、こういう話って、確かに話としては面白いですけど、普通の人起きないですね。

―:もう600社ぐらい巡られてるとか?1000社でしたっけ?

ふじた:全体…いまだと700社くらいだとは思うんですけど。最近面倒くさくて数えてないです。

―:700社も巡られてるって…

ふじた:延べ数で700社です。でも、単発で数えても、たぶん500社は超えてると思います。

―:海外は行かれてことは?

ふじた:海外は、9.11テロの跡地とか。

―:えっ、行かれたことあるんですか?

ふじた:行ってみました。

―:どんな感じでした?

ふじた:すっきりしてました。ああいう事件があったから、色んなものが蠢いているのかなと思って行ったんですけれども、跡地みたらすっきりしてるんです。で、すぐ横に小さな教会があって、そこが酷い状況です。どういうことかっていうと、生きてる人間が悲しみを持ってそこに色んなものを置いてくるんですよね。だから、生きてる人たちの想念のほうがよっぽどぐちゃぐちゃしてました。

―:よく生霊のほうが怖いという話を聞くんですが…。

ふじた:生きてる人間のほうが面倒くさいです。

―:その面倒くささの違いってどこから来てるんですか?

ふじた:向こうにいくと執着できないんですよ。

―:生きてる人間のほうがしがみつきやすい?

ふじた:生きてる人間のほうがしがみつきやすいです。一番怖いです。

―:ところで、スピリチュアルな世界で、これから全体として起こってくる兆候って何かありますか?

ふじた:あえて…受け狙いな言葉をいうと、すべての人はイエス・キリストになるっていうことです。実際、そこまでのレベルに行くかどうかはちょっとわかんないにしても、いわばそのスピリチュアルであることはむしろ当たり前のことになるだろうと。

―:それでは、廃業することもありうると(汗)。

ふじた:(可能性は)ありますよ。

―:良いのかどうか分かんないですけれども…。

ふじた:まぁ、こういう仕事はやっぱり役割なんで。役割終わってしがみついてたら、かえって危ないことになります。

―:引き際って人間難しいと思うんですけど。

ふじた:執着しなければ良いんですよ。執着しなければ引き際なんて自然と分かります。

―:なぜ執着するんでしょうか?

ふじた:怖いから。それまで積み上げてきたものとは違う世界に行くのが怖いから執着するんですよ。それはある意味人間の自己防衛本能みたいな部分なので、どうしても出るっていうのはあります。

―:大事なのは、そういう段階からいかに抜け出すか?

ふじた:だからその、そういうことがあるのを理解したうえで、執着しない、ということが一番大事。

―:教育的な話になってくるのかもしれないですけど、教育の現場で、そういうスピリチュアルなことって全然教えてないですよね。教える必要がないのかもしれないですけど。

―:もともとその教育っていうのは知識教育なんですよ。寺子屋制度にしても。読み書きそろばんの世界。だから、教育っていうのはもともとそこからきている。あくまでも知識とか知恵とかそういう部分の、みんなが平等に扱えるものっていうとこから始まってるんで、こういうスピリチュアルなことはヨーロッパだったら、教会に行ってくださいって話だったの、そもそも。日本だとお寺に行ってください、神社に行ってくださいって話しだったの。ところが、いまは日本の場合、お寺も神社もそういうことに対して凄く及び腰な状態が続いているので…。

―:あぁー、そうですよね。過去の戦争と結びついたとかの経験から来てるんでしょうね。

ふじた:たとえば分かりやすい例でいうと、引きこもりとか鬱っていうのは、そんな人がいたら、お寺の坊主に行けっていうのが昔だったんですよ。

―:性根を叩き直してこいみたいな。

ふじた:そういう役割を持ってたんだけれども、だんだん戦後過ぎてきて、お墓ビジネスのお寺がいっぱい増えてきて。お寺もそういう本来のことを忘れていってしまう。神社もやっぱり国家神道みたいな時代があったもんだから、色んなことに及び腰になってしまっちゃった。というのがあるので、その後の役割がどんどん無くなっていってしまった。なもんで、そういった役割をいわゆるスピリチュアリストみたいな人が担ってる状態。

―:日本は少し特殊なケースということでしょうか?

ふじた:西洋も程度の違いだけで、キリスト教会がそんなに昔ほどには大事にされなくなってきてるっていう部分はあります。それはもう、そういった時代の流れがあると思う。昔は、日本でいうと、お寺とか神社が担ってたことを僕らがある意味、肩代わりをしてるってのはあります。

―:そして将来的に、ひとりひとりが、キリスト教や神社やお寺の担ってたスピリチュアルなことを分かってくるだろうと。

ふじた:それが分かってくる時代になるということです。

―:話がまた変わるのですが、キャリア論についてなんですけれど、コンサルタントとしてのご経験もお持ちだと思うのですが、スピリチュアルなこととビジネスをやってることっていうのは…

ふじた:何の矛盾もないです。矛盾があると思うと、矛盾を見つけてしまいます。何も矛盾がないと思うと、何の矛盾もないものを創っていきます。

―:今までご経験されてきたなかで、ビジネスでこういうことがあったんだけれども、これってスピリチュアル的にいうとこういうことだよっていうことってありますか?たとえば、ふじたさんのブログでゼネラリストとスペシャリストという記事があったと思うのですが。

ふじた:ビジネスをやるうえで一番大事なのは直感なんです。もうひとつは、論理的な説明。直感はいわゆるスピリチュアル的なもので、論理的説明というものは科学的なことなんです。で、この2つがうまくかみ合ってるときに、効率が非常に良いです。これで直感だけをなくしてしまうと、非常に効率が落ちるんですよ。たとえば、僕らがコンサルタントとして現場に行くと、分析する前に、直感的にこの現場はこういう問題があるってだいたい分かるんです。いわば、あたりをつけるという言い方をするんですけれども、で、そこに対して論理的に分析をかけていくという風にやると、問題点がこれで、原因がこれだということを早い時間で知ることができる。で、優秀な経営者の人は瞬間的にパチッとやってしまう。松下幸之助さんなんかの本をみてると、それをもう瞬間的にやってるわけなんですよ。単なる閃き、勘だったらば、社員に説明できないんですよ。だから両方やってるんです。

―:あたりをつけて、それを論理的に分析して伝えると。仕事一般にも、そういう枠組みって当てはまると思うのですが…。

ふじた:世の中的には直感でやるっていうことは駄目なことだって思われていて、で、なんでかっていうと、それは直感だけを使っているからで、後ろの論理的な分析がセットになってないもんだから、なおかつそういう人たちって、直感といいながら単なる勘っていうことがあるんで、失敗するんですよ。

―:そういう失敗事例を持ってきて、ほら駄目でしょと。

ふじた:言われちゃう。だからその、僕なんかがやってたコンピュータの世界もおんなじですよ。なんかたとえば、トラブルが起きてバグがあって動かないというときに、だいたい直感的にこのへんだろって分かるんですね。そっから調べていって、原因はこれだったっていう説明をするんです。で、新人なんかがくると直感的にここが悪いですって言っちゃうんですよ。そこで、お前ちゃんと調べたのかという話をさせると、調べてないから原因が違うところにあったってことはよくあります。だから、逆にそういうことを教育していくことが必要なんですよ。直感的にここが問題だろうとあたりをつけて、調べて証明をするということを、教えてあげないといけないです。

―:しかも、そうすることが一番効率が良いわけですからね。でも、そういう教育があまりなされていない。

ふじた:されてない。

―:先ほど直感はスピリチュアルなこと、というくだりがあったと思うのですが、そのことと、いまの学校教育は知識教育が主眼で、スピリチュアルなことはお寺や神社ではなく、スピリチュアリストが担っているという話とあわせて考えると…

ふじた:昔は道徳の時間が結構重視されてたんですよ。でも、道徳の時間すら削られてしまった。それが長く続いてるもんだから、教える側が道徳がなくなってきちゃった。特に知識教育で受験教育ばっかりになっちゃった。知識教育、受験教育っていうのは、人より高い点をとって自分達だけが良い思いをするっていう教育になっちゃったんですよ。

―:なんで勉強するの?って聞かれた親が、それはいい大学に行けるからだと。じゃあいい大学に行ってどうするの?と聞くと、それはいい企業に勤めれるからだと言うとかね。

ふじた:いい企業に勤めてどうするの?って聞くと、いい地位に昇れるからと。それは親の意識が問題なんです。

―:子供のことが可愛いがゆえに言ってる部分も理解できるんですが、あまり根本的に良いとは個人的に思えないです。

ふじた:戦後50年というのは経済的に貧しいとこからあがってきたっていうのがあるんで、その論理が一時的に役に立った時期ってあるんです。で、その成功体験が自分にあったり、自分も周りで成功体験を見てるからそこに固執しちゃってるんです。今では良い学校を出て、フリーターやってる人がいっぱいいますから。

―:通用しなくなってるんだけれども、いまだにしがみついているのもある種の執着なんでしょうね。
ふじた:生き方をみんな忘れたんです。だからその、自分ってどうしたら良いのか分かんなくなって、フリーターみたいになっちゃうんです。

―:変な質問かもしれませんが、フリーターの人はそういう学びをしにきたんでしょうか?

ふじた:なくもないです。

―:いつも分からないんですけど、たとえばある人が可哀想な状況に陥ってるとするじゃないですか、で、それはその人がそういう学びをしにきているために起こっている場合、はたして、放っておいたほうが良いんでしょうか?

ふじた:古いことわざに、魚を与えてくれる人は良い人だけども、魚の釣り方を教えてくれる人はもっと良い人だというのがあります。だから、魚の釣り方を教えてあげるのが良いです。いまの時代は、魚だけ与えてる人が多いです。

―:そっちのほうが楽でしょうね。

ふじた:楽。幸か不幸か、楽ができるのが日本。

―:それが豊かさの弊害?

ふじた:でもないですよ。だからその、生き方を忘れてしまって、さっきので言うと、魚の釣り方を忘れてしまって、魚だけとってくると。ところが、アメリカとか外国に行くと、むしろ魚の釣り方を教えるのに力を入れてるんです、教育そのものが。だから、日本の学生が一番向上心が低いという調査結果が出てるんですけれど、日本の教育をする大人側のほうがなんか人間の生き方を忘れてしまっている。それが結局戦後50年で、経済だけを追求すれば確かに多少は幸せになってはきてるけれど、生き方を忘れちゃってるんですよ。

―:それは、取り戻すっていう表現が良いかどうか分からないですけど…うーん、思い出す?

ふじた:両方必要です。

―:そういう時期に来ているんですかね。

ふじた:だから経済がマイナス成長すると私は嬉しいんです。というのは、それがないとみんな思い出そうとしないんです。これがプラス成長だけ続いたらやっぱり昔とおんなじパターンが続いていくんです。思い出したり、まぁその、そういうことを再度もう一回修得しなおすには時間がかかるんです。そういう時代に今はあるということなんで。

―:時間ですね。

ふじた:こんなところでよろしいでしょうか。

―:はい。どうもありがとうございました。

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スピリチュアル・インタビュー (02)

日時:2008年8月10日11:00~12:00
インタビュー&タイプ: cheer
インタビュアーBlog: ちあの散歩道 http://blog.goo.ne.jp/cheer_001
編集:ふじた

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■■パワースポットの話から

―― パワースポットの選び方は

ふじた:パワースポット?うーん、難しいですね。いわゆる一般論でいうと、一番いいのは自分が気に入った場所に行くという……単純な話になるんですが。

―― 気に行った場所の感じ方というのはあるのですか?

ふじた:気に入るわけなんで、感じ方云々の問題ではなくて、そこにいて自分が気持がいいかどうか、基本はそれだけです。
自分の気持ちが落ち着くとか、雑念が無くなるとか、そういう気分になれる場所というのがいちばんいいです。いわゆるパワースポットではない場所の方がいい人のときもあります。
ほんとの意味でのパワースポットというのは「自分のお気に入りの場所」なんですよ。

―― 一般的に、パワースポットの情報は巷にあふれていますが、それは必ずしもその人にとっていいとは限らないということですね。

ふじた:はい、そうです。ただし、自分がどこに行けばいいかわからないときの参考にはなるんです。私のホームページにも、パワースポットの情報はたくさん載せています。しかし、基本的にはあまり詳しく説明していないんですよね。それはあくまで私が感じたことであって、その人が行くと違うかも知れないし。ですから、一番いいのは自分が気に入るかどうかなんですよ。気に入り方は、行って気持ちがいいかどうかです。

―― 私の場合はパワースポットにわりとたくさん行っている方なんですが、たとえば「弊立神宮」では、ズシン、ズシンという凄い感じがあったんですね。その前に「高千穂神宮」に行ったんですが、どしゃぶりの雨だったのですが、ふ~ん、という感じであまり強いものを感じませんでした。
今年は「宇佐神宮」に行ったのですが、宇佐神宮の奥の院である「大元神社」にも車で行きましたが。

ふじた:車で?ほんとの奥の院というのは、車で行けるところじゃないんです。

※宇佐神宮奥の院の大元神社については、以下のページを参考にしてください。
玄松子の記憶 > 神社記憶 > 九州地方 > 大元神社
http://www.genbu.net/data/buzen/omoto_title.htm

―― 車は途中までなんですが。今まで過去にパワースポットで感じていたようなエネルギーをあまり感じなくなっている自分に気付きました。確かに穏やかで気持ちがいいにはいいのですが、もう一回行きたいなとはあまり思わなかったんですね。「弊立神宮」はチャンスがあったらもう一回行きたいなとは思っているのですが。
何度も同じ場所に行きたいなと思ったときは、自分が納得するまで行くという感じでいいのでしょうか。

ふじた:それでいいんですよ。それはその人の役割によって違うんですよ。私の場合は有無を言わさずそこに行けという状態になるときがあります。“呼ばれている”という状態ですね。そうなると、一回で分かることも多いですが、一回行って何も感じない、もう一回行っても何も感じない、三回目でやっとわかるというケースもあります。

―― すると、呼ばれているときは、ほんとに有無を言わさずなんですね。今年の1月の銀座のお茶会のときにもふじたさんにお聞きしたのですが、「“呼ばれる”という感覚は、たとえば昔サラリーマンをしていたときに朝会社に行くためにワイシャツを着てネクタイを締めているときに、「あ、呼ばれたな」と思うことも何度もあって、そのときは、矢も楯もたまらずに呼ばれたところ(神社)に行くということです」と、お話されたのですが、そんな感じなのですね。

ふじた:呼ばれるというのは、声が聞こえるわけでもないんだけれど、呼んでいるのがわかるという状態です。テレパシーで繋がるという感じです。
呼んでるなというのは、昔はたくさんありました。今はだいぶ少なくなりましたが。それはいわば修業期間中でもあったからなんですが、有無を言わさず呼ばれるときというのがあります。だからぼくら(のように、こっちの仕事をする人)が言っている意味合いと、こういう仕事をする人じゃない人が言っている意味合いと、そこら辺がちょっと違うんです。

■■人はそれぞれ生まれる時に「役割」を持って生まれてきている

―― そこのところをもうちょっと具体的に。たとえば一般の人の方が格段に多いですよね。ただ、その一般の人の中からふじたさんのような方が突然生まれるというのはあるのでしょうか。

ふじた:ゼロから始まる人はいないです。もともと役割を持っていて、(自分の役割に)突然気がつく状態になるということはあります。まったくゼロからそういう人(スピリチュアルな感覚が秀でた人)が生まれるということは非常に少ないです。稀です。ほんとに稀です。むしろほとんどの場合は生まれる前にだいたい決まっているんです。生まれる時に役割が与えられている場合もあれば、(生まれるずっと前から役割を)引き受けている場合とがあります。役割がある人というのは、おおむね生まれるときに決まっています。
いきなり子供のときからそれが始まるとアンバランスになったりすることが多いので、大体は人間形成ができたころに始ったりするんですよ。
ぼくなんかも、10年前はこの仕事をやるとは思っていませんでした。単なる趣味といった感じでしたから。

―― 趣味のスタートをされたのは、だいたいお幾つくらいのときなのですか。

ふじた:1997年くらいからだったと思います。それまでは単なるオカルトだと思っていました。うちの父親も若干オカルトが好きなところがあり、UFO本なんかもいっぱいあったんですが、まあ面白いけれど自分とは違う世界だと思っていました。1997年くらいから、本屋で見つけて手にしたヒーリングに関する本を読んだりとか、本の内容なんかもよくわかんなかったですでけど、何か面白そうだなとそんな程度から始まったんです。それがある意味、向こうから「始めろ!」というサインのようなものですね。37歳のころです。

―― 佐藤愛子さんの本の中に、江原さんの話がよく出てくるんですが、江原さんは小さい時からスピリチュアルな感覚が強かったと、本で読んだことがありますが。

ふじた:江原さんのような人は必ずしも多くはないです。人間を一定の基準で考えるってよくないじゃないですか。それぞれ個性がありますから。ですからこちらの世界にもみんな個性があるんですよ。だから小さい時から始まっている人もいるけれども、大人になって始まった人も結構います。ぼくのレイキの先生やった人も30過ぎてからです。

―― とてもパワーのあった方が、突然パワーがなくなったという話も聞きますが、そういうこともあるのでしょうか。

ふじた:ちょっとあります。役割が無くなれば、そういう力も必要無くなりますから。あくまで、役割の世界ですから。ぼくもときどきそんな話をするんですが、役割が終わったら死んでいるか、または生きていてもぜんぜん違う仕事をしているかということです。

―― 私たち一般の人が、セラピストになりたいとか、スピリチュアルな感覚を身に付けて人の役に立ちたいとかも、それもすでに役割として生まれたときにその人が持ってきているかどうかということになるのですね。

ふじた:役割として生まれてきていることが多いです。努力をたくさんしたから、そういう人になれるかというと、かならずしもそういうものではないんです。「草スピ」の話を前にブログに書いたのですが、野球選手も努力をしたらみんなイチローになれるかといとそれは無理な話なんですよ。努力したら、プロ野球の二軍に入ることぐらいはだれでも可能性があるかもしれないぐらいですね。一軍に入れるレベルというのは全然違うから、こういう仕事をする人たちも基本的には役割があります。

―― カウンセリングを受ける側からいいますと、どういう視点でカウンセラーを選んでいくかということもありますが。

ふじた:それで、ぼくはずっとブログを書いているんです。ブログを読んでくれていれば、大体どんな人間か(ブログ上で)見当がつくじゃないですか。だから書いているんです。ブログは2002年から書いています。
ですからカウンセリングを受けに来られる方も「ブログを読んで」という方が多いです。中には「ぜんぶ読みました」という方もいます。
うちの場合はだいたい「半年くらいブログを読んでいました」という方が多いですね。そういう見方をしていただければいいかなと思います。

―― ブログを読む中で、カウンセラーである発信者と受け手であるクライアントさんの相性のようなものの見極めがついた状況の中で実際のオーダーが入るという感じですね。

ふじた:わりとみなさん、ブログを読んでから来られる方が多いです。ですから、いわゆる素人的な質問が非常に少ないです。素人的というか、突飛な質問が少ないですね。ある程度、質問の中に(スピリチュアルな世界の)素地を持って来ます。たとえば「私にオーラってあるんでしょうか?」などという質問は意外と少ないですね。オーラがあるということが前提の上で話を聞こうとする人が多いです。

■■オーラの話

―― オーラの話が出ましたが、オーラの部分で、一般の人が「あなたのオーラは何色だ」とか言われたと、そんな会話も日常的に増えてきたように思いますが、オーラはそれぞれが持っているということですね。

ふじた:ヒーリングセミナーなどでも話しているのですが、「肉体」と「オーラ」がどちらが先かということです。
「オーラが先で肉体が後」なんです。オーラが無かったら死んでいるんです。ヒーリングの練習をしていくとだんだんわかってきますよ。肉体よりもオーラが先の存在だということです。つまり、肉体からオーラ、出てないですよ。オーラが凝縮すると肉体になるんです。ヒーリングをずっとやっていくと、それは実感的にわかります。「オーラの色は何色ですか?」という質問もテレビの影響で多いです。

―― ふじたさんがご覧になって、巷にある「オーラ写真」と実際の差異はあるのでしょうか。

ふじた:ぼくは自分の「オーラ写真」を見たことがないし、撮影してもらったことはないですが、おおむね間違ってはいないと思います。ただ、科学的にどうなのかは調べてはいないので何とも言えないと思っています。何人かはオーラ写真を持って来られた方がいるんですよ。それを見るかぎりそんなに間違ってはいないなという感じです。オーラの色というのは精神状態で変わっていくので、その辺まではちょっと追っかけきれないですが。オーラの色は精神状態で変わりますし、「私のオーラの色は何色ですか?」ということも精神状態で変わるんですよ。オーラに良く似たものに、もうひとつ「ハロー」というのがあって、そのことをオーラと言っている人もいますね。日本語にすると「後光」ということですが。ハロー=後光は肩から上の顔と頭の周りということになりますが、こちらの方はあまり色の変化がないので、色という場合、そのハローを観ている人も多いらしいです。「オーラの色は何色ですか」と訊かれれば、全身を見ないといけないんです。肩から上を見ている場合は、それはハローをオーラと言っていることが多いです。ただ、それを区別している人がいないんですね、なかなか。とりあえず色があったらオーラと言っている人も多いと思います。

―― オーラはいつくらいから言い出したのでしょうか。

ふじた:だいぶ古いですよ。かなり昔からです。人間の肉体が何千年も前からそんなに変わっていないですから、オーラも昔から言われていました。

■■テレビの中のスピリチュアルブーム

―― テレビのスピリチュアルブームなども話題になっていますが。

ふじた:江原さんの影響は大きいですよね。テレビで観ている人が多いので、まあそういう役回りだと思いますが。ただ、結果を見るとゴールデンタイムにはでなかった方が良かったですね。
カウンセリングというのは実際やってみるとわかるように、そんなにテレビ受けする内容ではないです。それを深夜帯でやっていればそんなに視聴率を気にしないでいいですが、ゴールデンタイムでやるということは、視聴率の世界ですからね。

―― 視聴率を気にしながらということは、受けをねらわざるを得ないということですか。

ふじた:受けること(視聴率を取れること)を言わざるを得なくなるということです。
深夜帯でしたら、多少受けなくてもよかったものを、ゴールデンになると受けなければいけないから、内容的に変わってきています。ぼくもそんなにいっぱい観ているわけじゃないけれど、ゴールデンタイムに出てからやはり変わりましたね。

―― 江原さんの番組を見ている人は私のまわりにもたくさんいます。そして江原さんの言われることを支えにしているような方も多いのですが。けっこうプロ的な、気功を教えているような方もよく江原さんの番組のことは話題になりますが。

ふじた:多いですね。もともとそんなにこちらの世界ある程度勉強していると、テレビで観ていることは、江原さんが知っていること、考えていることを言っているだけで、それだけが真実ではないとわかってくると(番組の内容はだんだん)面白くはなくなってくるんですよ。

―― カウンセリングも含めて、メディアに載った情報を自分でキャッチしても、自分の存在や感性を知りたかったら、個人カウンセリングを受けてきっちり観てもらった方がいいということなのですね。

ふじた:そうです。「テレビで江原さんがこう言っていましたがどうなんですか?」という質問もよく受けます。たとえば有名な話で、よく質問を受けるのが、「夜、神社に行ってはいけないとテレビで言っていましたが、ほんとうですか?」とか。夜中に行くのは全然問題ないですよ。行ってはいけないと言っているときにそれは、「江原さんの体験ではそうだった」ということです。彼はすごく霊媒体質というか敏感体質なので、彼が安定していない時に夜行くとややこしい問題が起きると。ぼくが行けば何も問題は起きないんですよ。それは彼にとっての真実であることは確かだけれども、それがみんなに当てはまるわけではない。神社の中でも夜祭りしている神社がいっぱいありますからね。伊勢神宮などでも夜に祀り事をやっているんですよ。実態をみてみると、夜中に祭りをやっているのもいっぱいあるし、夜に参拝に来て下さいという神社もいっぱいあるし。有名人の言葉だけがみんな知ってるだけになっちゃってるけれど、実態はそうじゃないんです。夜参拝専門の人たちもいますから。うちに来たこともありますよ。仕事として始める前の時期だったので、ロイヤルホストでお茶飲みながら話をしたんですが、そのグループは夜に参拝するのが専門で、なぜかというと、昼間は人気(ひとけ)があって「ざわざわしている」から、夜の方がよくわかるということです。

―― テレビなどの情報で流れてくるものは、一般受けするかどうかが大事なんですね。

ふじた:一般的に受ける情報というのは、たとえば、“危ない!”と言った方が一般受けするんです。恐怖のところにポイントを当ててしゃべりをするとみんなこっちを向いてくれるんですよ。ところどころに怖い話が出てくると、みんな覚えておいてくれるんです。で、しかも断定的に言った方がいいんです。そういう風に言った方が受けるのは確かです。テレビに出ている有名人のスピリチュアル系というのはたいていそれをやっています。でないと、受けないから……そうしないと視聴率も上がらないし。

―― 真実というのはメディアの流れとは違うところにあるということをひとりひとりが利口になって本来探って行かないといけないですよね。

ふじた:はい、そうです。自分の感性でちゃんと観て行かなければいけないんだけれども、何かそういったものに頼っている人って結構多いです。

―― 情報収集も、日常生活の中で自分のアンテナをしっかり立てて自分の感受性の中で何を感じて行くかをもっともっと研ぎ澄まして行かなければなりませんね。自分らしさの中で自分で求めて探り当てて行くことが大切ですね。

ふじた:はい、ですから最初の話に戻るけれども、パワースポットも自分の気に入っているところが一番大事ということになります。だれかの書いたことを参考にはしてもいいけれど、それを絶対視はしてはいけないと。
なので、ぼくが言うと、「パワースポットは自分の気に入っているところが一番いい」という話しになるんです。でも、「あそこが絶対いいです」と言う話の方が話としては受けるんです。
例えばぼくなんかは、「諏訪大社」が自分にとって、一番エネルギーが強いので、それを使って、「諏訪大社が一番だ!」と言ったほうがみんなには受けるんです。でも、それは絶対ではないんです。一番じゃない人が大半だから。そこら辺のバランスのとれた話をすればするほど、ネタ的にはつまらないんです。

―― 私が以前ふじたさんのカウンセリングを受けた時に、観音様に行くといいですよ、といわれて、千葉にある「笠森観音」とか、那古船形にある「崖観音」などにも行ったんですけど、笠森観音などはとてもいい場所にあって素敵なんですが、何かここではないなという感じがしたんですね。

ふじた:うん、うん。

―― むしろ私の場合はすぐそばにある小さな神社に行ってみたらすごく気に行ったんです。ずっと長年住んでいるのですがそこに行ったのは最近なんですが。初めて行ってよ~く見回すと、見回しているうちに、「あっ、ここっていいじゃん」という気分になったんですね。宮司さんもふだんはいない、ほんとに小さな近くの無名の神社で、社殿も一度戦災で焼けて、今風なものが建っているだけなんですが、でもなぜかすごく気に行ったんですね。そういう自分なりに何か感じた場所を大事にしていくということは大切なことなのでしょうか。近くという安心感もありますし。

ふじた:大事にしたいと思ったら大事にすればいいと思います。そこにはその場所と自分のあいだに呼びあっている何かがあるから。

―― 呼び合うというのは、有名な由緒のある神社とかでなくても、何かをそこに感じたらその縁を大切にして行くということも大事なんですね。

■■青森にある「キリストの墓」

ふじた:面白い話があって、青森に「キリストの墓」というのがあるんですよ。一般的に考えると、これはどう考えてもニセモノですよね。でも、「キリストの墓」というのが実際にあるんですね、青森県戸来村に……。で、明らかに違うわけですよ、歴史的に考えても。でも、行くとちゃんと出てくるんです。

―― キリストが?

ふじた:はい。面白いと思っているんです。ニセモノであることは明らかなんだけど、みんながきちんと守ってあげているとそこにサナンダ(イエス・キリスト)が出てくるんですよ。

―― え~っ!大事に祀って、それを信じて祀ってあげればそれが真実に近づいてくるのですね。ほんとうですか?

ふじた:面白いですよ

―― それって、かけるエネルギーに見合って場所が育っていくという捉え方でいいのでしょうか。

ふじた:そんな感じですよね。歴史的に観ればニセモノ、だけど僕ら的にいうと、ひとつの場として出来上がってきているんです。みんなが大事にすると、ちっちゃい神社でも良くなりますよ。

―― それを、私もすごく感じたんです。そこはほんとに小さい神社なんです。周りにはアパートやマンションや戸建住宅がどんどん出来てきているんですけど、元々の集落は60軒しかなかったらしいんです。私は新住民なんですが、地縁をこれから作っていくしかないなあとも思っているんですね。育てるという感覚をひとりひとりが持てば、そこがいい場所になるということなのでしょうね。

ふじた:地方なんかに行って、小さな神社なんかを観てると、地元の人に大切にされているかどうかがわかりますよ。大事にされているところは、生きているんです。大事にされていないとそんなに強くないんです。もともと場のいい場所だったら放っておいても大丈夫なんですが、地元の小さな神社などはかならずしも場がいいとは限らないです。そういう場所だと地元の人が大切にしているかどうかでぜんぜん空気が変わりますよ。

―― そうすると、家とかにも同じことが言えますよね。慈(いつく)しんできれいに掃除をして、住んでいる人がいい関わりを持って行くとそれは必然的にいい場所になりますよね。外観とかではなく中身的にですが。居心地がいいとかですが。

ふじた:なりますよ。更地でもいいところありますからね、ほんとにいい場所だったら。更地だったところのいい場所にみんな神社とか建てちゃってるから、逆にわかりにくくなっているんです。建物の観た目で入ってきちゃうから。
面白いのは、お寺を観ていると、お寺はもともといい場所に建てるという考え方が弱いんで、お寺は住職さんがちゃんとやっているかどうかで全然空気が変わりますよ。神社は場を借りて造るわけです、いい場所に対して。一方で、お寺は場を造るんです。行をする場所として。だからお寺ってすごく変わるんです。有名なお寺だけれども、これはやめようよというのもあるし、ちっちゃいけどすごいいいというのもあります。

―― 守っている人たちがどういう意識を持っているかとか、地元の人たちがどのように関わっているかというかがわかるわけですね。

ふじた:そうです。

■■お寺と神社

―― 「寺で子供を遊ばせても、神社では遊ばせるな」という言い伝えがあると聞いたことがあるのですが。また、お寺の境内の木は材木業者が買い取るけれど、神社の木は買い取らないと、それくらい神社には独特の神聖があるということなんですが、その辺はいかがでしょうか。

ふじた:う~んと、基本的にはそれは間違っている話です。ただし、ある特定の神社とかになればそういう風になるときもあります。一般論でいえば間違いです。ある特定の神社だったら、そういう風な話が出てくるときもあります。

―― 特定とは?

ふじた:あまりそれ(の名前)を出しちゃうとまずいんですけど、たとえば、新宿区の中にある神社なんですが、私が入れない神社があるんですよ。そういうところには子供は確かに入れない方がいいなというのがありますよ。そこは行って気持ちがいいという人が稀なんです。目の前を通るのもいやだという人ばっかりなんですよ。そういう神社もあるんですよ。

―― 私も経験があります。若いころ、仕事の帰りに夕涼みで行った神社の「ご神木」のそばまで行ったら何かゾクゾクしたものを感じて、走り出たことがあります。しかし、そのとき何人かの人たちはそこに置かれたベンチに座って平気そうでした。

ふじた:地元の人だとずっとそれに慣れちゃってて、かえって新鮮味がないから、わからなくなるときってありますよ。例えば、わかりやすい例で言うと、生まれ育った場所が鉄道の線路の横だったりすると、列車の音はぜんぜん気にならないですよね。それをよそから来た人だと、こんなところによく住んでるねと、そういう状態になるような場ってあります。

―― 見分けがつかなくなって、逆に平気という感じになるのですね。
ほんとは良くない場所にしても、そこに慣れ親しんでいるとその良くない部分が気にならなくなるというか、鈍化するというか、感性が埋もれていくということはありますね。

ふじた:そういうことってありますね。そうなると、それは、先ほどの言い伝えの中にある「この時間の夜は来るな」ということも出てくるんですよ。何々やっちゃいけない、とか、ダメというのは、基本的に一般論なのか特定論なのかよく見ておかないとだめなんですよ。

―― さきほどの木の話なんですが、神社の木は業者が買わないということらしいんですが。

ふじた:木に対する扱い方が違いますから。概念世界として、お寺はあくまでも人間が行をすることがベースになるんで、木があっても木があるだけなんですよ。神社の概念世界は、大きな木は神の拠り代なんですよ。そうすると木も変わってきます。概念をどちらの世界の概念で続けて行くかによってやっぱり変わります。

―― それもあくまで人がいて、人がその対象物にどういう捉え方をしていくかということが大事なのですね。

ふじた:概念モデルという言い方をしているんですが、概念モデルを、たとえばキリスト教的概念モデルで生活すると、神は遠いものになるんですよ。神道的な概念モデルだと別にそれほど遠くはないんです。わりと身近になってくる。それをずっと続けて行くと、面白いもんで、向こう側もこっちに合わせてくるのです。神様は人間に合わせてものごとをやってくれるんですよ。なぜかというと、地球上では人間が主役だからです。神様が主役というわけじゃないから。神様も相手に合わせたことをやっていくので、そうするとやっぱり変わってきますよ。どういう概念をもっているかで変わってくるのですよ。先ほどの極端な話でいけば、「夜中に神社に行ってはいけない」と思っている人が行くと何か起きたりする。そんなことは関係ないと思っている人が行くと何も起きないんですよ。むしろ、夜の方がいいと思っている人には、夜に行くと、楽しいんですよ。

―― そのお話は日常生活の中でもありますよね。
たとえば、悪いことが起きるのではないかと恐れていると、そういうことが起きる確率が高くなるような、そんなことってありますよね。どう捉えるかって大事ですよね。

■■自分で引き寄せていくもの

ふじた:たとえば、予言なんかの世界でも、首までその予言を信じていれば、そのときにそんなことが起きたりするんですよ。自分が引き寄せちゃうから、そのことを。

―― 「引き寄せの原理」が働くということですか。

ふじた:たとえば、メディアで有名な占い師さんなんかが、「何々のときに何かやるとよくないことが起きる」とか言ってるんですけど、首まで浸かって信じていればそれは起きてくるんです。

―― 私がふじたさんにカウンセリングをしていただいたときに、今年は大殺界だと本に書いてあるのを読んだものですから、そのことをお訊ねしたときも、よいアドバイスをいただきました。細木さん自身が大殺界のときに、細木さんは本も書いている、何々もしていますよと事例をあげて下さったんです。そうしたら、ほんとに、まるで違うことが起きるんですね。大殺界らしからぬ好ましいことが。カウンセリングを受けないままに、それを信じていたら、今年は何もしないでひっそりと耐えて忍んで生きようとしていたと思います。

ふじた:そういうもんなんですよ。
単行本などのメディアで、「細木さんの占いは外れる」ということを書いている人っています。でもね、外れる人にとっては外れるんですね。首まで浸かって信じている人にとっては当たるんです。こうなると、占いではなくてむしろ思い込みを作っていってあげている状態だと言った方がいいですね。だから当然、断定的に物事を言います。

■■ラップ音

―― ちょっとお話しは変わりますが、ラップ音についてお聞きしたいのですが。佐藤愛子さんの本の中にもラップ音というのがものすごく出てきますよね。私も一度だけラップ音というのを聞いたことがあるのですが。

ふじた:ラップ音のどういうものについてですか。

―― 佐藤愛子さんの世界では、自分ひとりがそこに行くとラップ音がけたたましくパチパチパチパチとするけれど、自分以外の第三者が一緒にいるとその音は鎮まるとかそんな風なことが書かれています。ラップ音というのは魂というか霊というかそんなものが出している音なのかということなのですが。そういう単純なことですが。

ふじた:ぼくの場合は、基本的に霊は呼ばないし、ラップ音を出すような状況を作らないんですけど、それでも、富士山のホームページを作っているときにそばで「バキッ」と言ったことがあるんですよ。それはたとえば、神様の方なんだけれども、自分がちゃんと存在しているということを表現するために鳴らしていることってあります。

―― それは何か悪さをするとか、霊的にSOSを出しているとかではなくて、存在を示すために鳴らすこともあるのだなということなのですか。

ふじた:その時には、ああ、やっぱりそうなんだなという感じでした。ですから、ラップ音というのが悪い音とは限らないのです。実際に「ラップ音がする家なので観て下さい」と頼まれて、観に行ったことがあるのですね。観てもそこに別に悪いものがいるわけでもない状態でした。
ラップ音というよりも、私の場合、(霊的パワーで)同僚のノートパソコンを壊すのをやったことがあります。
人のパソコンですが。それってどういうことかというと、人間がラップ音的なものを呼び込んでくるときっていうのは、安定していないときですよ。ぼくもこちらの世界(スピリチュアル的な世界)に入りかかった時に、まだそんなに安定しているわけじゃないときに、隣りの人のパソコンが壊れちゃったということはありましたね。

―― よく、パワー、気の力が強すぎて、テレビや電子機器が次から次に壊れるということを聞くことがありますが、壊れるということは気の力が強いということではないのですか。自慢するべきものではないのでしょうか。

ふじた:気が強いから、電球が飛んだり、家電製品が壊れたりということは確かにあります。それは逆にいえば、ちゃんとコントロールしていないから余計なところに飛んで行っちゃうんですよ。強い分だけ、ちゃんとコントロールをするようにしないと壊れちゃうんですよ。

―― コントロールする人というのは当事者ですか。強いからといってむやみに放っておくとそういう現象が起きるんですね。

ふじた:当事者です。だから、自慢していいことではないですよ。壊すことが強いことにつながるというのは、その人が勘違いしているんですよ。安定してないという証拠なんですよ。逆に言うと、感情的に不安定な人が起きやすいんですよ。気が強くなってて感情的に不安定な人だと、ふっと行っちゃって壊れたりすることになりやすいんですよ。

―― 壊れるという事実はあるということなんですね。

ふじた:それはあります。壊しているようではだめ。お金もかかるし。

―― 調整ができていないということの現われですね。

ふじた:逆に気の強さの現れだと思っていると、そういう状態をますます自分が作っていくから、ますますそういうことが起きやすくもなるんですね。ここの部分はちょっと難しいので、また機会があれば詳しくお話ししたいと思います。

―― 人を助けたり救うという観点からみれば、まだまだの状態ということですね。

ふじた:そんな状態でだれかにやったら、不安定なものが来るわけですよ。逆にいえば家電製品を壊すような気を送っているんですよ。いいことではないですよね。

―― 施療やカウンセリングを受けるときに、相手に感じる相性なども大切にした方がいいのでしょうか。

ふじた:基本的にそういうことです。

―― 直感を個々人で磨いていくということも受け手の課題ですね。ヒーリング的にこの人とは合わないと思うときは深く関わらない方がいいのですね。周りの人が凄い凄いと言っていても、その周りの人の感度が正しいとは限りませんし。

ふじた:わかりやすくいうと、レストランと同じですよ。みんなが美味しいと言ってても自分にとっては美味しいとはかぎらないです。だから、自分にとって一番いいものを見つけることが一番いいことだと思います。

■■グリーンフィンガー

―― グリーンフィンガー、緑の手ということも私たち一般人を取り巻くパワーの世界ではわりとよく聞く言葉ですが、たとえば「あなたはグリーンフィンガーを持った手の人ですね」とかですね。植物を上手に育てることのできる人のことを言うらしいのですが。
そのことについてもお聞かせ願いたいと思います。パワーが強すぎて花や植物を枯らす人がいると聞きますが、それはただ単に愛情を注いでないだけではないかなと思ったりするのですが。

ふじた:植物に関しては、かならずしもそうは言えないです。身代りになってくれているということもあります。
こういう仕事をやっていたりいると、ぼくなんかもよく植物が枯れるんですよ。それは仕事で疲れて帰ってきたりすると、植物が疲れを吸い取ってくれることってあるんですよ。愛情を注いだら、注いだ分だけ植物がこちらの疲れを吸い取って行ってくれるというか、植物が枯れちゃうんですよ。たとえば巨樹だとか、大きな木などはそのダメージに負けないものをもっていますから、枯れるということは少ないですけど。ぼくも植物は何回かやっていてうまくいかないんですよ。たとえばバラの花とか花自体が強さを持っている花だと負けないですよ。だから植物にもよります。植物は判断が難しいです。相手は生きているものですから。
逆にたとえば神社の大木とか、あれくらいになれば、向こうも吸い取ってもぜんぜん枯れないんで。

―― そうすると、枯らすから愛情をかけていないんでしょという考えはちょっと違うかもしれませんね。

ふじた:愛情をかけていないとはかぎらないですね。愛情をかけた分だけ、枯れやすくなる場合もあります。

■■手のひらに出る金粉

―― 金粉が出るということについてはどうでしょうか。手の平などに出てそれはこすっても洗っても消えないですね。

ふじた:私の友人などにもよく出る人がいるのですが、このことに関してはよくわからないです。実際にそういう人がいることは確かなのですが。
ぼくの知っている人で金粉が出ていた時期があるんですよ。私自身は出ないです。あれはぼくもよくわからないです。

―― 出るときは、どういう状態なんでしょうか。波動が高くなっているとかは関係ありますか。

ふじた:出る人は少ないですからねぇ。その少ない例で行くと、やっぱりその人の成長過程の中である時期は出ていたのですが、今は止まっているんですよ、その人は。その辺に何かあるのかなと思ったりします。

―― 実は、私も出るんですよ。出るときはどんなときかなと思ってみたりすると、今はやっていないですが、気功の後とか、自然の中に入って自分が満たされたときなど、観るとピカッと光ったりしているときがあります。

ふじた:あんまり気にしない方がいいですね。出たからと言って何かあるわけでもないですし、金粉集めてということもできないし。

―― 状態がオーラの色も刻々変化していくように、その人の状態によって金粉の出方も違ってくるということでしょうか。

ふじた:安定してくると逆に出なくなるという感じはします。

■■「結界」「レイライン」

―― もうお時間がなくなってしまいましたが、「結界を張る」ということや、そこから発想できるレイラインについてもお聞きしたいのですが、それは次回にお聞きするとして、さわりの部分だけでもお話していただけますか。レイラインについても関心がありますし、ふじたさんのブログにもレイラインのことが書かれていますし。

ふじた:基本的には、レイラインというのはあちこちにあります。ただしよく考えないといけないのは、たとえば紙の上にランダムに点を置いて行きまっすぐ線を引くと、そこに3つの点が当たるということは出てくるんですよ。この偶然の並びということもあり、それを本にして書いている人もいます。たとえば、東西に並んでいると言ってもズレがあったり、東西にきちんと並んでいるわけではなくて、ちょっと西側にあったりすると東西に並んでると言ってる人がいたり。

―― 大雑把にですね。

ふじた:だから、そういう話とちゃんと調べている話がごっちゃになっているんです。今、ぼくが調べているやつは、南北のラインは2度以内の誤差ですよ。それが10度以内に入っていれば、並んでいると言っている人がいるんですよ。2度以内であるということと、ちゃんと全部に繋がりがあるものでないとぼくはレイラインとは言ってないです。偶然引けちゃう線っていっぱいあるんですよ。
あと、偶然三角形に並んでいるとかあるんですよ。そういうのを本にしている人がいるんですよ、結構。神社はみんな三角に並んでるとか……。ランダムにやってもこうやって描けるわけですから。

―― いっぱい建っていますから、結果としてはそういうことも出てきますよね。
一度、ブログに教会のカテドラルのことも書かれましたよね。

ふじた:あれも、きちんとした角度で日の出の角度もお互い向き合っていて、ちゃんと皇居に入っていくとかいうこともあるから、書いたんですよ。ただちょっと並んでいるくらいだったら書かないですよ。しかもあれを全体解釈すると、結局マリアさんというのは日本の守護者なんですよ。歴史的に調べてもそうなっているし。あのラインから出てくる話をちゃんとまとめると、そういう話にちゃんとなっているんですよ。

―― マリア様は、海外のキリストの発祥の地のイメージがありますが。

ふじた:マリア様は日本の守護者でもあるのです。ちゃんとそれは出てるんですよ。あの話をちゃんとまとめたら「ムー」に掲載しようとすれば出来るんですよ(笑)。

―― 今のお話を伺っていても、ほんとに確かなものというか、信頼できる情報とそうでないものも世の中にはあふれていますよね。それは自分の感性を上げてつかんでいくしかないのだと思いますが、不確かなものがまん延しているという事実もありますね。

ふじた:「ムー」という雑誌が売れていることを思えば、わかりますよね。「ムー」もたまにいい記事はあるんですよ。大体まあ、いい加減なんだけど。

―― ふじたさんは、今後本を書かれるということはないんですか。

ふじた:自分で書くのは今はあまり考えてないです。
ちょっとした依頼で書いてほしいということがまったく無くはないんですが。下手に書いて向こうで編集されるのもいやですし。ですから結局ブログに書いているんです。
ブログの記事を全部集めて編集し直すと、たぶん一冊本ができますよ。ただ、それをやるのも、いまちょっと時間がないんです。自分で書いていられないから、インタビューをしてもらうという時間を作ったというわけです。

―― ありがとうございました。お時間が来てしまいましたので、今回はこれで終わらせていただきます。

ふじた:ありがとうございました。

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スピリチュアル・インタビュー (01)

日時:2008年8月10日10:00~10:40
インタビュー&タイプ: AI
インタビュアーBlog: 今日も地球にありがとう! http://igol.at.webry.info/
編集:ふじた

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― 人間が魂の成長のために、地球という場を選んだのは何故でしょうか。

 選んだっていうわけではなくて、創ったっていったほうがいいです。

― 人間が地球を創った?

 人間っていうのは、概ねどこでもそうなんだけれども、人間は神が創った、というふうに宗教ではいわれている。人間の親が神っていうことになってるので、神が宇宙を創ってるわけでしょう。だから、地球を選んできたんじゃなくって、魂の成長する場を創ったっていったほうがいい。

― 他の星もそうなんでしょうか?地球以外も。

 基本的には同じですよ。地球っていう場所に生まれてきたっていうことは、生まれる人が選んで来るわけですよ。基本的に、場所は自分たちで創ってるんです。地球に生まれてきてるときは人間っていう形をとってるけど、大元(おおもと)は全部ひとつだという。

― 地球も人間も、

 全部ひとつなんです。

― 他の星も。

 よく英語では“oneness”っていう言い方をするんだけれども、人間も神も全部一緒なんです。

― 宇宙も。

 宇宙も含めて。ひとつのものから宇宙ができているし、神ができているし、人ができてるわけ。この意識体そのものはいわゆる神と言われるもので、地球っていう場所を選んだわけじゃない。

― 成長するためにというか… 勉強のためにというか… 学ぶためにというか… (そのために)地球という場を創った?

 よくサッカーで例えるんですよ。サッカーっていうものを創ったのは人間ですよね。で、出来上がってからそれを選んでくる人がいる。ていうのと同じ。

― ああー、なるほど。

 サッカーっていうのは、例えば、時間は90分で区切られるし、手は使っちゃいけないし、球を蹴ってゴールに入れないといけない。ルールが色々とうるさい。でもそのルールがあって制約があるから面白いゲームになる、というのと同じ。地球に降りてくるっていうことは、いろんな制約事項が出てくる。その制約事項があるから、そこで楽しむことができる。

― よく地球で生きるのが辛いという人もいますけど、やはりそれは地球のルールが合わない人?

 うちに来る人ということになるけど、だいたい転生回数が少ない人が多いです。

― 地球に生まれた回数が。

 うん、過去生なんかで見てると、辛いって言ってる人は… うちに来る人に限ってということになるんだけど、転生回数が少ないから地球に慣れてないと、そういう話だとみんな納得するんですよ。

― はい。

 そういう人はだいたいしゃべるの苦手です。

― はい、私もそうです。

 しゃべるのが苦手っていうのは、向こうにいた時にはテレパシー的なコミュニケーションを使ってるから、しゃべるの苦手でいいんですよ。しゃべらなくてよかったから。その感覚がどうしても残っていて、難しいんですよ。しかも、喋るスピードと考えるスピードがイコールじゃないから、何か上手く表現できないと。

― それを克服するために地球に生まれてきた?

 じゃなくって、地球という場の経験を求めて来たんだけども、まだ馴染んでないよねという状態。そういう人が多いです。克服するとか何とかじゃなくて、まだ慣れてないといったほうがいい。で、面白いのが、その中で何人かは精神分析のお医者さんやってるんです。なんでなったのかっていうと、早く人間というものを理解するため。そのために精神分析医やってる人がいっぱいいるんですよ。精神分析医やってるのにしゃべるのヘタとかね。矛盾するんだけどけっこういるんです。僕の友達で精神分析医やってる人も、転生回数2回目ぐらいだったかな。少ないんですよ。初めてか2回目ぐらい。だから、しゃべらないと分かってもらえないのがしんどいとか辛いとか言うんですよ。そういう状態なんです。

― しゃべってコミュニケーションをとるっていうのは地球独特のものなんですか?

 現世において、僕は地球以外はあんまり行ってないので分からないけど、割とね、他ではあんまり使ってないみたいですよ。やはり、しゃべるのは、めんどくさいんですよ。
 僕なんかはよく神様とお話するんだけど、情報の出し方が、いっぺんに、ドーンと投げ込んでくるんです。自分の中のいろんな解釈のいろんな話をドーンと投げ込んでくる。しゃべってたらずーっとしゃべってなきゃいけないことが一瞬で終わっちゃう。だから、確かにしゃべるってことはめんどくさいんです。

― そうですね。

 神様にも、人間を経験したことのある神様と人間を経験したことのない神様がいて、人間を経験したことのある神様は比較的しゃべるの上手いです。人間を経験してない神様ほど投げ込んでくるんです、ドーンと。言葉っていうのはあまり使ってないです。概念のボールを投げ込んでくるみたいな感じ。

― 地球でこういうルールにしよう、コミュニケーション方法はしゃべるようにしようというルールを決めたのも、もともとは…

 人間です。厳密に言えば神っていうレベルの時にやってるけども… んー、神道では人は神の分御霊(わけみたま)っていうし、キリスト教では神に似せて創ったって言ってるわけだし、まあ、もとは神様なんですよね。人と神を分離して考えると難しくなる。どこに生まれてくるかで、人であったり、神であったり、その手前の名前の無いような存在レベルであったりっていうのが違ってるだけなんです。この世界を理解するときに勘違いしやすいのは、人と神を分離して考えちゃうこと。それだとかえって分かりづらくなる。「なんで私は生まれてきたの」っていうことになっちゃう。私が生まれてきたのは私が決めたという、そう考えたら分かりやすい。

― なんで地球は人間と共存することを選択したんだろうって疑問に思ってたんですけど、もともとはひとつで…

 創ったもの。

― 地球も、人間が創ったもの。

 宇宙も、って言ったほうがいい。要は、自分で決めたことだから。ただし、生まれてくるときにみんな忘れてから来るから。
 サッカーゲームでいったら、90分終わったら0対0になるでしょ。そのほうがサッカーゲームとしては面白い。弱いチームと強いチームがいて、0にリセットができなかったら100対10とか、大差つきっぱなしでつまんない。忘れるってことをやると、また対等な立場に戻れるから、忘れる。だからある程度忘れることが必要なの。でないと、もし人が自分の過去生全部覚えてたらめんどくさいよ。新鮮な体験が難しくなる。忘れることは大事なことなの。

― そこから新しい学びをどんどん…

 僕はね、学びとは言わないです。体験って言うんです。学びって言うとね、ある目的地に向かって行かなきゃいけないようなイメージがあるから、それは言わないの。例えばね、この人生を楽しむことを目的で来てる人もいるんですよ。楽しむってことは自由であるってことだから。
 学ぶっていうとこれは目的に向かって進むことじゃないの? 学びっていうとね、なんかすごいことやっててカッコよさそうには見えるんだけども、実際のところは学びじゃないと思うよ。新しい体験するときには何も参考にするものが無いから、学びではないの、それは体験なの。学びっていうことは学ぶものがあって、こう(一点に向かって)進んでるときもある。そういう人生やってる人もいるけども、学びじゃなくて、遊びに来てる人もいる。それもまあ、大きな意味で言えば学びっていうのがあるんだけども。遊びに来てる人に「学び」っていうとね、かえって難しくなる。僕は遊びに来てるんだよって言っちゃう。

― 魂のレベルが高いとか低いとかよく(巷で)いうんですけど、それは宇宙の観点から見て、高いっていうのは価値があることなのかどうかっていうのは個人的に疑問なんですけども。低いからダメとか高いからいいっていうのは、それはどうなんでしょうか。

 面白いもので、僕はそういう概念はやっぱり使わないんですよ。高いとか低いっていうのには何の意味があるのっていう。

― そうですよね。

 地球上での経験値が多い少ないっていうのは、それによって何か違いが出てくるけども、高い低いって何? って、僕は逆に訊いちゃう。関係ないじゃん。

― そうですよね。もともと、宇宙の概念からすると悪いも良いも無いんだから。

 うん、何も無い。魂のレベルが高いとか低いとか、こういう言い方をする人がいます。スピリチュアルな能力が高い、低い、これはあります。まあ、料理が上手下手っていうのと一緒です。これで、(スピリチュアルな能力が高いと)魂のレベルが高いって言っちゃう人がいる。このへん、実はその人が、「自分は高い」って言いたいだけだったりする。これはもうスキルの問題。魂のレベルが高いとかっていうよりも、むしろその人が純粋に生きてるかどうかが大事。赤ん坊で、オギャーと生まれた時がいちばん純粋だった。そこからいろいろ経験すると、グチャグチャ余計な考え方が入ってきてる。死んだらまた綺麗になる。

― はい。

 世の中的によく言われることっていうのは、意外と僕はよく使わないんです。その概念で考えるとかえってややこしくなるから。魂のレベルが低いとか高いとか、何を基準にするの?

― 高いからどうだっていうのがちょっと…

 うん、関係ないし、そんなこといったら、赤ん坊って魂のレベルが多分いちばん低いところにいるっていう定義になっちゃうと思うの。赤ん坊がそんなに価値の無いものなのか? 低レベルの概念からそういう価値観から出てるんだと思うの。

― もともとは皆さん一緒なんですよね。高いも低いも無くて。みんな同じところから来て。

 うーん、まったく一緒でもないけども、価値はみんな一緒。まったく一緒じゃないっていうのは、それぞれ個性がみんなあるから。まったく一緒のことをみんなやりにきたわけじゃないから。 まったく同じことをやるんであれば、一人いればいいだけの話で。たくさん人がいるっていうのはそれだけ多様性があるっていうこと。

― イルカやクジラも、やはりもともとひとつのものから?

 まあ、全部ひとつのものです。最近だと時々ビッグバンの話をするんですよ。ビッグバンっていうと、宇宙全体が握り拳程度の大きさの時があって、ここから宇宙にあるもの全部出てきたわけ。宇宙も神も人も元はひとつだって科学者が言ってる。僕らのようなスピリチュアルな人が言ってるんじゃなくて、物理学の専門家の人たちがそう言ってる。物理学的に言ってもひとつだった。全てはひとつのものから出てきたわけだから。

― 今人間は地球上で生きてますけど、地球でのあらゆる体験が終わったら、学びっていう言い方はおかしいですけど、もう体験することが無いなーっていう状態になったら…

 そうなることはありえない。新しいこと起きるでしょ。20年前にパソコンなんて誰が持ってたの? 新しいことはいくらでも出てくるから、終わるっていうことはない。ごはん食べることといっしょで、満腹になることはある。地球はもうお腹いっぱいだから他に行こうみたいな。やっぱり学びっていう考え方だとゴールになるわけ。体験だったら新しいこといくらでもあるわけ。例えば同じところに行くにしても、毎回違う感覚があるわけ。だからゴールはないわけ。お腹いっぱいっていうのはある。お腹いっぱいだから地球の次のどこかに行こうとか、そういうのはある。

― それは個人によってやっぱり…

 それは人によってみんな違います。

― もう地球で経験することは無いな、と思ったらまた別の星に行っちゃったりとか、私は地球が好きだからまたここに生まれようとか。

 うん、そういうのもある。

― 今地球上にはたくさんの生物が棲んでますけど、エネルギーの調和というか、それも地球のテーマなんでしょうか。色んな生物がいて食物連鎖があって、人間が環境破壊しちゃったりとかそういう問題もいろいろありますけど、結局は共存というか、そういうのをテーマにして今私たちは地球で…

 人間が人間である限り地球は壊しちゃう。調和っていうよりも、人間が自分のために地球を創ったんだというのを原点だと思った方が分かりやすい。

― 人間が地球を壊すために?

 極端にいえばそういう話。壊すために創ったっていうと、まあ語弊はあるけども、人が人の体験をするために創ったものなので、壊すっていうのも体験のひとつなの。これから先どうするかっていった時に、壊さないように生きる生き方もあるし、壊す生き方もある。

― それが悪いとか良いとかも、もちろん無いですよね。

 ただ結果的にどういうことになるか考えると、どっちがいいのかという話にはなるけど。
 何十億年の歴史から見れば、ほんのわずかな期間に起きたことだからね。環境汚染なんて言ってるけど、人間が住むための環境ということで考えたら、地球ができた頃の方がよっぽど汚染してるわけ。まあ、環境汚染が良いとは言わないけども、地球の大きな歴史からいくと、人間が生きてる時間は、ほんのわずかな期間の出来事だから、それを原点に考えたほうがいい。地球温暖化なんてみんな騒いでるけども、地球上の歴史でいくと、±何十℃も違ってたことってザラにあるわけ。それなのに2℃上がったって騒いでるわけです。で、温暖化対策ということで、京都議定書なんかやってるけども、京都議定書をやると何が起きるかっていうと、意外とみんな知らないんですけども、京都議定書を完全に守ったらば、地球の温暖化4年遅れるだけ。4年遅れるだけだから、止まるわけじゃないのね。
 地球っていうのは炭酸ガスで温暖化してるという要素があるけども、炭酸ガス全体からいうと5%ぐらいが人間の活動した量でしかない、残り95%のことをろくに調べないで騒いでるのが今の状態。考えてみれば分かることだけど、95%の方で温暖化している可能性の方が高いんだよね。
 世間では環境問題、環境問題って言ってるけど、環境問題もなんかおかしい。環境を守らなきゃいけないって言ってるけどそりゃ逆で、例えば「地球を救おう!」って言ってるけどあれ逆なの。人間がそもそも地球を壊す存在だ、から入っていかないと。人間がいなくても地球は存続するから。人間が生きてる限りは… 昔みたいに獣みたいな生活してれば別だけど、現代のこういう生活してる限りは環境は壊すものという、そこから入っていかないといけない。だから壊さないようにする方法を先に考えることが大事。地球を守ろうっていうんじゃなくて、地球を壊してるのが人間、から入っていかないと。
 人間が地球に来るっていうこと自体がアンバランスを引き起こすわけ。そこからいろいろな体験をしたりとか。共存するのか、壊していくのかは人間の選択。地球が棲めなくなって、人類滅亡したとしても、宇宙にとって痛くも痒くもないわけ。宇宙にしてみればどっちでもいいわけ。我々人間の方がどっちがいいのかというのを考えるべきことなの。共存がテーマっていうふうには、僕は捉えてないです。

― 地球が汚染されちゃって、人類も滅亡しちゃって、地球も消滅しちゃって、ていうことになっても、それが良いか悪いかっていうのは…

 別の問題。

― 宇宙からみれば別にそれはどっちでも…

 何百億分の一だから。

― 良いも悪いもないんですけど、それを良いか悪いのか判断するのは結局私たち人間。

 人間だよ。

― 例えば地球が滅亡しちゃって、ああ、あの地球にいたときは失敗しちゃったな、また別の星でまた違う体験をしようとか、そういう選択をするとか、そういうこともある?

 あるよ。
 共存が人類のテーマだっていうのは、選択した結果としてそれを言ってるんだったらいいんだけども、そうではなくて人間が地球に存在する理由が共存だって言ったときには、それは低いレベルなの。人間のレベルで考えてる。宇宙のレベルから見ると地球なんて何百億分の一だから。

― 人間の意識体の他にも色々な意識体が…

 いろいろあるよ。

― その意識体もどこかの星で何かの経験をしてたりっていうこともある?

 代表的にはシリウスとかプレアデスとかオリオンとか。あのへんがそうです。私もオリオンから来てるから。向こうに行ったら行ったで地球とはまた環境がだいぶ違うから、それはそれで体験ができる。じゃあ地球を壊してから行くの? っていう話。それともちゃんと地球が存続できるようにしてから行くのか。

― 今、温暖化とか環境汚染とかいろいろ言われてますけど、それが人間のせいで地球を汚しているとか、余計な罪悪感を煽ってる状態ですよね、今。

 今、温暖化にしても環境の問題にしても、真面目に考えてる人と、それを利用しようとしてる人が二ついるからね。そこらへんをよく見ておかないといけない。罪悪感を煽っているというのはこの利用しようとしてる側の人なの。まあ、時には科学者の言葉が悪くて、人に罪悪感与えているようなケースも中にはあるけども、大事なのは、それを利用しようとしてる人は、罪悪感を与えるような言葉をよく使っているということ。環境汚染が良いとは言わないけど、それを使って活動してるような人たちがいるから、そっちの言葉はあまり信用しないほうがいい。そういうのは世界的な活動をしている環境保護団体によく見られる。その団体は環境保護活動なんて言ってるけどもその活動をするためには資金が大量に必要なので、金になる活動をやってるのが実態。環境を良くするのは大事なんだけども、その活動のために金になるものをいつも選んでる。クジラが出てきたりしてるのは、資金を集めやすいから。そういうときに、お前たちは悪いことをしてるんだって言ったほうが、やっぱり資金が集まりやすい状況を作れるわけ。そこらへん気をつけないといけない。
 地球温暖化に関しても、イギリスなどの欧州の国々が発展途上国の成長を抑えようとしてやってるのが実態なんです。

― 発展途上国?

 例えば中国やインドなどが今後経済成長して、経済的にも政治的にも、対抗する勢力になろうとしているのを抑えようとしてるのが実態だから。

― はあ、そういう裏があるんですね…

 そこらへん解かってない人多いです。だから、環境保護活動にしても、温暖化もそうだけど、真面目に考えてる人と、それを利用する人、ふたつあるわけ。それをよく見ておかないといけないですね。

― スピリチュアルな世界ではイルカやクジラに惹かれるって人が多いんですけど、それは何故でしょうか。

 言語以外のコミュニケーションでは無いところを彼らはちゃんと持ってるから。イルカのセラピーとかあるじゃない。自閉症が治ったとか。イルカは言語以外のノンバーバルなコミュケーションがとれるから、そこのところなんです。つまり人間ともコミュニケーションが実はとれる存在だっていうのが大きいです。で、むこうの方が人間よりは余計なことは考えてないから純粋なんで、そこの部分がやっぱり大きいです。シチュエーションによってはむこうのほうが偉いときあるからね。イルカのいうこと聞いといた方がいいよ、と。そういう時もあるから。
 イルカのエッセンスも使ったことあるんです。

― イルカのエッセンスと言いますと?

 昔だとフラワーエッセンスは花を搾って作ってるけども、最近は搾らずに作るんです。花を持ってきて、波動転写する。波動転写して作る人が最近は多いです。それと同じで、イルカの近くに行って、波動転写して作ったエッセンスが… イルカ搾ってるわけじゃないですよ。

― (笑←搾ってると想像した)

 そういうのがあって、ぐちゃぐちゃややこしいこと考えてる時にそのエッセンス使うとね、余計なこと考えるの止めちゃうの。純粋に戻ってくる。イルカとクジラはね、だいたいそういう傾向が強いです。自分がシンプルに戻っていくような時に非常に役に立つ。僕の観点で言えば、自閉症っていうのもある意味複雑化してるだけで、複雑なのを取っちゃえば元に戻っちゃう。そういうところが大きいですね。
 何かを創り出すというのは彼らはやらないけども、そうでない領域ではむこうの方が頭が良かったりする。

― 体験を楽しむとかそういう面で。

 そう。彼らの方が先生になる時がある。

― スピリチュアルとはちょっと無関係なんですけども、クジラやイルカの生態の話なんですけど、ストランディング(座礁)って言って、集団で座礁(マス・ストランディング)しちゃったりっていうことがたまにあるんですね。あれの原因は一体何なんでしょうか。

 僕もちょっとよく分からない。人間が影響してるっていう説もあれば、自分たちでやってるっていう説もあって、よく解からないです。研究してないから。

― 彼らでないと解からない。

 訊いてみないと解からないです。

― はい、それではありがとうございました。

 ありがとうございました。

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